ユニコーン、エルフ、バハムート… 異世界への案内本『幻獣辞典』に惹かれる理由

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/20

胴体は馬に似ているが、頭は牡鹿、足は象、尾は猪に近い。太いうなり声をあげ、一本の黒い角が額の真中から三フィート突き出す。この生き物を生け捕りにするのは不可能だといわれる。
(31ページ)

これはとある有名な生き物についての記述である。何のモンスターについてものか、推理してみて欲しい。

考えはまとまっただろうか、正解は「ユニコーン」である。18世紀初め、グレイト・ブリテンの紋章に描かれたユニコーンは美しい白馬の姿をしているが、古代ローマの博物学者プリニウスが記した『博物誌』によると、ユニコーンの原形はこのような奇怪な形態をしていたらしい。

『幻獣辞典』(ホルヘ・ルイス ボルヘス:著、柳瀬尚紀:訳/河出書房新社)>

バハムートやカーバンクル、ベヒーモス、フェニックスなど、ゲームやファンタジー作品でお馴染みのこれらのモンスターたちが、実は間違って伝わった偽りの姿だとしたらどう思うだろうか。『幻獣辞典』(ホルヘ・ルイス ボルヘス:著、柳瀬尚紀:訳/河出書房新社)はアルゼンチン生まれの詩人作家ホイヘ・ルイス・ボルヘスが古今東西の神話や文献をかき集め、それらに登場する幻想の生き物たちを紹介した異世界の案内本というべき一冊だ。1957年に初版が出版されて以降、世界中のファンに愛されてきたこの本は、人間の想像力が生み出した空想上の存在のありのままの姿を見つけることができる。

綺麗な見た目は全部ウソ? 本当は恐ろしいファンタジー世界

冒頭のユニコーン以外にも、現代の人々が一般的に抱いているイメージとはまったく異なる姿をしていたモンスターの事例がたくさん載っている。例えば、エルフの項目を引いてみよう。

エルフは北欧の産である。小さくて性悪だということ以外、あまり知られていない。家畜や子供をさらったり、ちょっとした悪魔じみたことをして喜ぶ。イギリスでは《elflock》という語が髪のもつれを指すが、それはエルフたちのいたずらだと考えられたからだ。悪夢の意味のドイツ語は《alp》である。語源は《elf》にさかのぼる。というのはエルフたちは眠っている人間の胸に重くのしかかって悪い夢を見させると中世では一般に信じられていたからだ。(40ページ)

エルフといえば、映画『ロード・オブ・ザ・リング』の弓使いレゴラスのような、長い耳と端整な美貌が特徴的な優れた知性を持つ誇り高い種族というイメージを抱いていた。それがこのような意地の悪い真似をする妖精だったとは、なんとも驚きである。

日本にもバハムートがいた!? 東西の神話から文学作品まで

西洋のモンスターばかりではなく、東洋のモンスターもいくつか紹介されている。麒麟、九尾の狐、鳳鳳、竜といった中国の幻獣に混じり、日本人にはお馴染みの「八岐大蛇」がスサノオノミコトに退治された『日本書紀』のエピソードを紹介している。

他にも日本の地下深くには巨大なナマズの神が棲んでいて、それが動くことで地震が起こるという民間伝承にも触れ、編者のボルへスは解説で「この動物は回教伝説のバハムートやエッダのミズガルズソルムルと似ていないこともない」と類似を示唆している。日本人の感覚からすると大袈裟な解釈にも感じられるが、外国人らしい視点から意外な発見がある。

さらに本書には、世界の著名なファンタジー作家が生み出したフィクションの世界の怪物たちまで取り上げられている。

近年、映画にもなった世界の名作『ナルニア国物語』の作者C・S・ルイスが想像した動物。ある朝目覚めると巨大な虫になっていた男の数奇な体験を描いた『変身』で知られるフランツ・カフカの想像した動物。史上初の推理小説『モルグ街の殺人事件』を生み出したエドガー・アラン・ポオの想像した動物などである。

神話伝承と文学作品を同列に捉えてしまうところに、ボルヘスの酔狂な人柄がうかがえる。

異世界観光の名物案内人・ボルヘス

生前のボルヘス自身も読書家であり、図書館に棲む「書淫の怪物」とまで称された変わり者だったらしい。そんなボルヘスと本書のユーモア溢れるものの極め付きが「球体の動物」と題された項目だ。

その生き物は巨大な球体生物であり、暖かい血が通い、規則正しい習慣をもち、自転する能力を持ち、なんと現実に存在しているのだ。何を隠そう私たちが暮らしているこの「地球」のことである。地球をひとつの生物と考える哲学者や神学者は古来よりプラトンをはじめとして多かったらしい。
日本でも数十年前からのファンタジー人気もあって、モンスター辞典や怪物図鑑といったジャンルの書籍は、本書以外にも多く出版されているが、地球まで取り上げているユニークな本は他にはないだろう。

いったいどこまでが本気で、どこまでが悪ふざけなのか。この本が、なぜ、いまも世界中で愛されているのか? その理由は、誰よりも自由に異世界を愛するボルヘスのその人間性に惹かれているからなのかもしれない。

文=愛咲優詩