ノーベル賞作家ガルシア・マルケスをFBIが24年間監視!「映画化希望」という声とは裏腹にマルケスファンには意外性なし!?

文芸・カルチャー

2015/9/12

    マルケス

 「FBIがひとりの著名人を24年間も監視していた!」 まるで映画のような話を、米紙「ワシントン・ポスト」が報じた。しかも、日本でも人気を誇るベネズエラ出身のノーベル賞作家、ガルシア・マルケスが監視されていたということで、世間の注目が集まっている。

 マルケスは、1927年にコロンビアのカリブ海沿岸にあるアラカタカで生まれた。両親と離別し、祖父母の元に預けられて過ごした幼年期は、3人の叔母、退役軍人の祖父と、迷信や言い伝え・噂好きの祖母と過ごした。代表作『百年の孤独』は、マルケスが17歳のときに執筆を決意した作品であり、祖父母の影響が色濃く残っているといわれている。

 高校時代から執筆活動を始めたマルケスは、大学中退後、メキシコの「エル・ウニベルサル」紙やコロンビアの「エル・エスペクタドール」紙の記者として活躍。この頃、『変身』『』などで知られるフランツ・カフカや、四部が異なる視点から語られる『響きと怒り』で名高いウィリアム・フォークナーなどを好んで耽読した。1955年には教皇崩御を伝えるためにローマへ飛び、ベネズエラの雑誌『エリーテ』にヨーロッパから記事を送りながら生活。1958年には結婚のためコロンビアに移り住むなど、世界各地を転々とする。
その際の旅費は、1955年に出版された、敵視と中傷にさらされたまま死んだ男を巡る町の物語『落葉』によるものだった。

 その後、1961年に『大佐に手紙は来ない』を発表。そして1967年、ある一族が村を創設し、隆盛から滅亡までの100年間を描いた名作『百年の孤独』を刊行した。1982年には、ラテンアメリカでは4人目となるノーベル文学賞を受賞。しかし1990年代から体調を崩し、手術や治療を繰り返すことに。2014年、再び体調を崩して自宅療養していたが、4月にメキシコ市内の自宅で死去。87歳だった。

 2015年9月、米紙「ワシントン・ポスト」が、「FBI(連邦捜査局)がマルケスを“24年間監視”していた」と報じた。同ニュースによると、監視が始まったのは1961年。ノーベル文学賞を受賞した後も監視が続いていたことになる。ただ、マルケスの息子は「ワシントン・ポスト」に対し、「職場から家まで2人の男に尾行されたと父から聞いたことがある」と証言。さらに「コロンビアの男がニューヨークでキューバの通信社を開設しようとしていたわけで、監視されないほうがおかしい」とも話しており、まるで驚いた様子はない。日本のマルケスファンも「格別驚きはないな」「まあ、スパイ活動してもおかしくないような立場だからね」と、息子と同様の反応を見せている。

 というのも、マルケスは1959年にキューバに渡り革命家のフィデル・カストロと出会い、キューバ革命成立後、ニューヨークでキューバ政府系通信社の事務所開設に関わったため。マルケスとカストロは深い親交で知られ、2007年には病床のカストロを見舞ったほどだった。アメリカは対立していたキューバとの関係に関心を持っていたため、当時のフーバーFBI長官直々の指示で監視が始まったと目されている。

 日本では想像もできない壮大な話に、マルケスを深く知らない人からは「映画になりそうな話だな」「あと10年したらハリウッド映画になる」と映画化を希望する声も多く見られ、中には「作家のファンに扮したFBIの内偵(任務を受けてから慌てて小説を読み始めて、次第に本当にファンになっていく)と、それを知りながら普通に接する作家…みたいな話でお願いします」と、具体的な映画設定を述べる人も。

 また、今回の報道に対して、ノーベル文学賞を受賞した『老人と海』など、数々の作品を生み出した作家で詩人のアーネスト・ヘミングウェイの名を挙げる読書家も多かった。これはヘミングウェイが、人生のおよそ3分の1にあたる22年間をキューバで過ごしているため。監視が発覚したマルケスも、「(ヘミングウェイの中で)最も知られることの少ない時期」と述べている。ヘミングウェイの空白時期に興味を持つ作家は多く、ビル・グレンジャーが『ヘミングウェイ・ノート』、ダン・シモンズが『諜報指揮官ヘミングウェイ』を執筆している。海外作家の作品を愛する人は、ヘミングウェイの謎もまた魅力のようだ。

マルケス

■『百年の孤独
著:G・ガルシア=マルケス
訳:鼓直
価格:3,024円(税込)
発売日:2006年12月21日
出版社:新潮社