『チーズはどこへ消えた?』『夢をかなえるゾウ』…ヒットした自己啓発本には必ず売れる理由があった!【5つの事例】

ビジネス

更新日:2015/9/25

 この夏出版された、曽野綾子の『人間の分際(ぶんざい)』(幻冬舎)が、20万部を超えるベストセラーとなった。作家歴60年の著者が、これまで発表した作品の中から特に印象深い名言をまとめた内容になっている。

 巷では“虚無系自己啓発本”なんて呼ばれており、今までのような「ガンバロウ! 成り上がろう! 意識高めよう!」系の自己啓発本とは真逆のスタンスで、「努力して成功するのは限られた人間。ただの人間の分際で驕るな」とバッサリ切り捨てる。心して読まなければいけない。しかし、売れているということは、この本を求めている人たちが多いという証拠。どうやら今、世間の人々は「人間の分際で…」と言われたいようだ。

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 このドM…もとい、説教されたいマインドはどこから来たのか? 『ホンマでっか!? TV』(フジテレビ系列)など、テレビでもおなじみのマーケティングライター・牛窪恵さんに伺った。

「ここ数年、“ありのままの自分”という価値観が、一種のブームです。芸能人や著名な方々の、素に近い(ように見える)SNSが人気を呼ぶ一方で、私も含めて一般の男女は、素を見せたところで「いいね!」は押してもらえない。本当は“ありのまま”を見せたいのに、共感されたいと願うほど、自分を作ってしまう……そんなジレンマのなか、タイミングよく“人間の分際で…”“所詮人間なんて…”と諭してくれる本があったというわけです。世相に上手く合致したブームと言えますね」(牛窪さん)

 実は、『人間の分際(ぶんざい)』に限らず、ヒットする自己啓発本の裏には、少なからずその時代の世相が関係している。著名な作品をいくつかピックアップして、牛窪さんに分析してもらった。

 

●『チーズはどこへ消えた?』スペンサー・ジョンソン:著(1998年9月8日:発行)


あらすじ:人生において大切なモノの象徴=チーズ。潤沢にあると思ったチーズがある日突然消えてしまったとき、小人とネズミは全く逆の行動を取る。

「日本での発売は2000年。当時、日本はバブルが崩壊したことによって生じた様々な現実をみせつけられた。安泰と思われていた大企業の倒産やリストラの始まりです。この本でいうところの“チーズ”を見失ったわけですね。でも“どうしよう”とただ立ち尽くしても始まらない。バブルまでの栄光を切り捨て、新たな価値観を探す必要があったんです。『チーズはどこへ消えた?』は、新たな価値観を探して行動を起こすことの大切さを教えてくれる本です」(牛窪さん)

 

●『毎日が冒険』高橋歩:著(発行:2001年7月)


あらすじ:自由人・高橋歩の自叙伝。未経験にも関わらず、自分の店を出し、会社を作り、果ては20代半ばで妻とともに世界一周の旅に出た自らの人生を振り返る。

「この時代は、ホリエモンこと堀江貴文さんを始め、サイバーエージェント社長の藤田晋さんなど、若い起業家がたくさん登場しました。特に堀江さんは、時代の寵児でしたね。彼の活躍を見た若い世代の多くが、自分にも何か大きなビジネスができるはず、と鼓舞されたんです。この本の著書、高橋歩さんも若くして様々なチャレンジをしてきた人。みんなの“こうなりたい”という理想型でした」(牛窪さん)

 

●『夢をかなえるゾウ』水野敬也:著(2007年8月29日:発行)


あらすじ:主人公の前に現れたのは、インドの神様ガネーシャ。ガネーシャが与える課題を実践していくことで、主人公の人生が徐々に変わっていく。

「この本が発行された翌年9月に、リーマン・ショックが起こります。世界的な金融危機に、日本経済もダメージを受けました。とくに新卒男女は厳しい就職氷河期に見舞われ、冒険する気力も萎えてしまった。そんなとき、藁をもつかむ思いで『夢をかなえる~』を手に取った読者も多かったと思います。世界一周をせずとも、毎日の小さな習慣をつけることで、理想の自分に近づくことができる。そんな“等身大の夢”を描いた本です」(牛窪さん)

 

●『フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣~』ジェニファー・L・スコット:著(2014年10月30日:発行)


あらすじ:典型的なカリフォルニア・ガールだった著者が、フランスの貴族の家にホームステイすることになる。その家では、毎日を“特別な日”のように生きていた。

「2000年代半ば、日本にも欧米由来のシンプルライフが上陸しました。その後、ロハス、断捨離や自然体で暮らすことの意義が、謳われ始めたんです。『アナと雪の女王』ブームも、ちょうどこの年でしたね。多くが、ありのままの自分で生きたいと願うようになった。しかし反面、冒頭で触れたように、ありのままで生きていると「共感を呼べない寂しさ」がある…。そこで、今の『人間の分際』のブームへと繋がっていくのです」(牛窪さん)

 こうして噛み砕いてみると、ヒットする自己啓発本と世相が、いかに関連しているかがよくわかる。同時にそれは、悩みを抱える人々が、いつの時代も本の中に答えを求めているということ。身の程をわきまえた私たちは、次にどんな悩みを持つのだろうか。それが予測できたらきっと、ベストセラー作家になれる。

取材協力●世代・トレンド評論家/インフィニティ代表取締役 牛窪恵氏
財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。 数多くのテレビ番組のコメンテーター出演や、行動経済分析でも知られる。同志社大学・ ビッグデータ解析研究会メンバー。若い世代の恋愛、結婚やトレンドに関する著書多数。 9月30日、ディスカヴァー・トゥエンティワンより新著『恋愛しない若者たち~コンビニ化する性とコスパ化する結婚』が発売予定。

文=中村未来(清談社)