そこは生と死が交わる路地…傑作幻想譚『よこまち余話』の魅力とは!?【前編】

文芸・カルチャー

2016/3/1


『よこまち余話』(木内昇/中央公論新社)

直木賞受賞作『漂砂のうたう』などで知られる実力派作家・木内昇さん。最新作となる『よこまち余話』(中央公論新社/1500円+税)は、ちょっと奇妙な路地を舞台に描かれる、懐かしく切ない幻想物語だ。新しい境地を拓いたこの作品に、木内さんが込めた思いとは? すべての小説好き必読のインタビュー!

――『よこまち余話』は日常的なエピソードと幻想的な出来事がごく自然に混じり合って、とても不思議な世界を作りあげていますね。

木内・一昔前の長屋を舞台に、そこで暮らす人々の暮らしを描いてみたい、というところから始まった作品です。もともとは不思議なものを書こう、と強く意識していたわけではないんですよ。ただ、昔の生活を描いていくと、自然と狐狸妖怪(こりようかい)のようなものが混じってくる。今よりも夜がずっと暗いですし、不思議な現象もごく当然のこととして受けいれられていましたから。

――そんな不思議と隣り合わせの暮らしを象徴するのが、冒頭のエピソード「ミカリバアサマの夜」ですね。長屋に住むお針子の齣江が、師走八日(12月8日)の仕事納めの夜に、妖怪ミカリバアサマらしきものに遭遇する。これを読んで思ったのですが、木内さんは妖怪好きなのでしょうか?

木内・そうなんです。子どもの頃から水木しげる先生の大ファンで、中学校の自由研究では妖怪のことを調べたほど。とあるパーティで一度だけ水木先生にお目にかかったことがあって、あれは幸せな経験でしたね。普段パーティのたぐいには顔を出さないんですが、その時だけは水木先生が来られるというので出席したんです(笑)。ミカリバアサマは『風土記』などにも名前が見られる、全国に伝承のある妖怪なんですよ。

――物語の主な舞台になるのは、幅一間(1・8メートル)ほどの狭い路地ですね。路地を描いたのはなぜですか?

木内・空間として興味があるんです。あたりから隔絶されていて、人との距離も近い。京都の町を歩いていて、狭い路地に入りこむと、ふっと周囲の雑音が消えてしまうことがありますよね。ああいう感覚は独特で面白いなと。

――しかも、この路地では不思議な出来事が次々に起こります。押入れの中に丸窓が浮んで、向こう側に白粉を塗った女人が見えたり、奇妙な物売りがやってきたり。とても魅力的な舞台設定ですね。

木内・旅行であちこち歩きまわるのが好きなんですが、たまに「ここは時空が歪んでいるな」と感じる場所があります。といっても霊感的な話ではないんですが、昔のまま時が止まっているように感じる場所があるんですよね。子どもの頃を思い返してみると、「そういえばあの人って誰だったんだろう」という人が必ずいませんか?

――ああ! いたと思います。

木内・いますよね。そういう人がもし生きているとしたら、こんな路地かもしれない。そんなイメージの空間なんです。

――ちなみに舞台は何年頃なのでしょうか? 昭和初期か大正末くらいかな、と思っていて読んでいたのですが。

木内・あえてはっきり書いていません。書いてしまうと、時代考証的なものをより入れ込む必要が出てきて、今回のような自由な書き方ができなくなると思ったので。「銘仙」の着物が流行ったり、レコードが売っていたりするので、大体このへんかな、という想像はつくと思いますが。

ささやかな生活だって起伏に富んでいる

――長屋でお針子を営む齣江は、依頼された仕事をきちんとこなしながら、食事を作り、掃除をし、毎日を丁寧に生きています。齣江はどんな経緯で生まれてきた人物でしょうか?

木内・まず念頭にあったのは、お針子としての佇まいでした。遠い将来を考えるのではなく、毎日をこつこつ刻んでゆくことを大事にしている人。連載にあたって、根津で長年お針子をされている方に取材したんですが、お針子ってかなりの体力仕事なんですよ。縫うのに首で拍子をとるので頸椎を痛める方が多かったりして、スポーツ選手並に自分を律しないと成り立たないお仕事なんだなと思った。それもあって、齣江はきちんとした暮らしをしているんです。

――お針子の他にも、糸屋、魚屋、質屋、和菓子屋などが登場して、それぞれに印象的な役を演じていますね。「〜屋さん」がたくさん登場するのも、現代ものにはない感じだと思いました。

木内・その人がどんな仕事に就いているかは、書くときにすごく大切にしています。人格よりも仕事を先に決めることの方が多いんですよ。現代でこそ、作家もライターも建築家も、みんな同じようにパソコンに向かって仕事をしていますけど、昔は職業によって身のこなしも服装も違っていた。そこで培われた物の見方もあるはずです。様々な職業人を書き分けられるのが、時代小説の醍醐味でもありますね。

――「襦袢の竹、路地の花」というエピソードには、無愛想な質屋の秘めた思いが描かれていて感動しました。彼の仕事にかける思いが伝わってきます。

木内・それぞれの職分をまっとうして、きちんと社会とかかわっている人物を描くと、小説が豊かになるんです。そういう意味でも仕事は重要ですね。

――『櫛挽道守』をはじめ、木内さんは毎日をひたむきに、静かに生きる人の姿をこれまで描いてきました。ファンタジックな部分がある今作もそこは一貫していますね。

木内・平凡で普通の生活はつまらない、ってよく言いますが、本当にそうかなと思うんです。春になったらお花見に行く、秋の終わりは酉の市に行く。そういう当たり前の暮らしの中にだって、心が高揚するようなことはたくさんあるし、起伏に富んでいる。そこに目を向けてもらいたい、という思いは常にありますね。

――四季の移ろいが描かれるとともに、草木の名前、色の名前、着物の名前など珍しい語彙もたくさん登場してきますね。

木内・そこは意識的にやっています。日本語って色の呼び方だけでも、ものすごい数があるんですよ。英訳すると一語で済むものが、日本語では何十通りもの呼び名がある。それを使わないのはもったいないですよね。書いている間は、もっと的確な語彙があるんじゃないかとすごく考えます。日本語本来が持っている豊かさをできるだけ生かしたいということは、いつも意識しています。

【後編】につづく!(3月1日(月)11:00公開予定)

取材・文=朝宮運河