脚本家志望必読!「ストーリー」が劇的に良くなる! 日本に数人しかいない“スプリクトドクター”三宅隆太の超脚本指南書

仕事術

公開日:2016/5/30

スプリクトドクターの脚本教室・初級篇
(三宅隆太/新書館)

 私は今でも脚本家に憧れている。主人公に「幸せとは、幸せを感じる心を手に入れることだ」というセリフを言わせたいのだ。そしてもう1つ。「たまに、偉そうに道を歩くおっさんがいるだろ? ありゃアホだ。道ばたを会社の廊下と勘違いしてやがる。」このセリフも主人公に言わせたい。だが、脚本家とはそう簡単なことではないらしい。『スプリクトドクターの脚本教室・初級篇』(三宅隆太/新書館)を読みふけった。

 本書は

日本中に大勢いるにもかかわらず、これまで取り上げられる機会がほとんどなかった『窓辺』系作家たちを(つまり、あなたを)支援するための脚本指南書

 だ。著者である三宅氏は、脚本家であり、映画監督であり、スプリクトドクター(脚本のお医者さん)としてハリウッド作品をはじめ国内外の映画に携わる人物だ。さらには、心理カウンセラーでもある。大学の講師として、脚本家を目指す多くの若者たちと出会ってきた三宅氏は、ある傾向を見つけた。その1つが『窓辺』系作家だ。『窓辺』系作家とは、非常に簡単に言うと、内向的で自分自身に自信がないが、その割にプライドが高く、そして人と関わることが苦手な脚本家(志望)を指す。そんな彼らの書く脚本はどんなものか。さえない主人公の日常にちょっぴり「何か」が起こり、読み手がその「何か」を把握しきれないまま、いつの間にか解決し、新しい日常へ歩み出す。ざっとこのようなものが多いと三宅氏は断言している。なんだか思い当たるフシがある。私のことかもしれない。

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 ところが三宅氏は、『窓辺』系作家を否定したいわけではない。むしろ期待しているのだ。彼らは悪い面を持っているが、それ以上に脚本家としての素晴らしい資質を持っているという。それは、『窓辺』系作家は書くことは得意で、集中力があり、人の話を謙虚に聞き、分析力が高く物事の本質を見抜き、そして他人の気持ちが分かる共感力に優れた人たちだという。これらの良い面は、良質な脚本を書くための充分な素養といえるとか。うむ。これは大いに思い当たるフシがある。

 私はライターであり、構成作家でもある。だから分かる。本書に出てくる、三宅氏に相談する脚本家志望の若者たちの気持ちが、痛いくらい分かる。私も同じ道をたどった。いや、なんなら、今もその道の途中だろう。私も若者だからだ。本書を読めば、作家として誰もが通る「葛藤」との向き合い方を教えてくれる。

 中心軌道を抜き出し、葛藤を簡略化する

 300ページ以上ある指南書を読んで、私は何度も「ほう」と唸った。その中でも目をひんむいて読んだのが、この章だ。『窓辺』系作家たちの脚本は、ひとつひとつのエピソードがクライマックスに向かって結びつかずに終わって、読み手を置いてけぼりにしてしまうという。それを解決するため、三宅氏はこう述べている。

 「中心軌道=脚本をつらぬく葛藤の流れ」を学ぶ手っ取り早い方法は、既存の作品を下敷きにすることです。その作品がどういった構造で成り立っているのかを分析し、構造のみを引用したうえで、オリジナルの新作として再構築するのです。

 巷に流行している作品のほとんどが、この技の使い回しであり、それだけに「生き残る力」が残っているという。ちなみに、脚本家志望たちはこの作業を嫌うが、そうしなければ学べないし、構造を理解したところで誰もがヒット作を書けるほど甘くはない。構造を引用するにあたって、もう1つ技を使わなければならない。それが『抽象化』だ。

 下敷きにしたい作品から「設定の具体性」や「キャラクターの固有性」をはぎとって、「芯の部分のみ」を抜き出していきます。

 ただし、この「抽象化」の技は非常に難しい。本書でも『おそ松くん』のアニメ版『金庫破りはやめた』という筋書きを用いて、決して勘違いのないように非常に分かりやすく説明されている。さらに三宅氏自身、この『抽象化』の技は難しいということを認めるような記述がある。そんな簡単に誰でも脚本家になれるわけではないようだ。

 脚本家志望の方には、ぜひ本書を読んで、脚本を書くということを自分のものにしてほしい。脚本を学ぶ上で必須の「具体的な逆バコの起こし方」、仕事の裏側が述べられている「リライトする理由あれこれ」、三宅氏の仕事の哲学が書かれた「クレジットへの妄信」など、ここで紹介した以外にも、脚本家には絶対に知っておかなければならないことが山ほど紹介されている。そして何より、自分自身と向き合ってほしい。その努力と葛藤こそが下積みになって、将来へつながっていくと思う。6月には『スプリクトドクターの脚本教室・中級篇』が刊行される予定だ。今からでも遅くない。初級篇を読み込むべし。『スプリクトドクターの脚本教室・中級篇』は、ストーリーやプロット作りが苦手な「アマチュアのソフトストーリー派」を支援する、より実用的な内容らしい。うむ。きっとまた、私のこととして読めるのだろう。

文=いのうえゆきひろ