今までの優しさは全部ウソだった? “ブラック彼女”の狂気的な愛

マンガ

公開日:2016/9/9


『ブラック彼女』(吉原 雅彦/KADOKAWA)

 ヤンデレという言葉をご存知だろうか。こと恋愛を扱う漫画やアニメ、ゲームにおけるある種のヒロイン、あるいはその人格を指す言葉である。あえて漢字を当てると“病んデレ”と表記することもできる。読んで字のごとく、病的な精神性によって主人公を愛するヒロインを指す言葉だ。彼女たちの歪んだ愛は、時に周囲の人物をも巻き込み、対象者を精神的・肉体的に追い詰める。作品によって様々な類型が存在するものの、TVアニメ化、実写ドラマ化など数々のメディアミックスを果たした大ヒット漫画『未来日記』(えすのサカエ/KADOKAWA)に登場するメインヒロイン、我妻由乃など、その典型であり代表例と言えるだろう。ヤンデレと呼ばれるヒロインの多くは、相手に対する好意が強まりすぎた結果として時に狂気的な行動を取るが、いかに病的と言えど彼女たちの行動原理の根幹は紛れもなく愛情である。

 先月第2巻が発売されたばかりの『ブラック彼女』(吉原雅彦/KADOKAWA)は、魅力的なキャラクターと演出を用いてヤンデレという属性を徹底的に描いた作品である。少しばかり気の小さい中学2年生、星野テルを主人公として始まる本作は、導入から読者にどこか狂気的なヒロインの存在を見せつける。時に過保護ともとれるヤンデレヒロインの愛情と表裏一体の狂気を恐怖として演出するホラーであり、その狂気の源泉を探っていくミステリでもあると言えるだろう。

 物語の舞台は、執拗に眼球だけを狙う猟奇的な通り魔殺人が横行していることを除けばどこにでもあるような平凡な街。主人公であるテルもまたごくごく平凡な生活を送っている少年である。その気弱さ故にいじめられがちなテルは、自身をいつも助けてくれる快活なヒロイン、天宮みどりに密かに想いを寄せていた。そんなある日、勢い余ってみどりに告白してしまったテルは彼女の家に招かれることになり、そこで血まみれの顔で苦しむ幼少の頃の自身の写真を見つけてしまう。その直後、様子の豹変したみどりは、血のこびりついたドライバーを振り上げ、彼の眼球をえぐり取ろうとする。

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 第1話から衝撃的な展開をテンポ良く繰り出す本作であるが、そこには極めて繊細なバランス感覚が存在する。狂気的な行動を繰り返す異常者であることとは裏腹に、生き生きと可愛く描かれるヒロインは天宮みどりに限らず複数登場することになる。彼女たちは時に驚くほど荒々しく豪快な筆致で表現され、どこかチグハグで心情が読み取れない。そんな彼女たちに囲まれたテルの恐怖や困惑が、彼が彼女たちの狂気に直面する度に生々しい表情として明確に伝わってくるのである。

 初のオリジナル作品とは思えないほど高い表現力を有した作者が、その技術をいかんなく発揮して描かれるブラックな彼女の物語は未だ多くの謎を残しており、今後のストーリーからも目が離せない。予想のつかない展開を楽しみにしながら続刊を待ちたい作品である。