芸人一家に生まれた苦悩から精神的引きこもりに… なにげない日々をがんばる“報われたい”大人たちに読んでほしい『ハリネズミ乙女、はじめての恋』

文芸・カルチャー

2016/12/12

 報われるってなんだろうなあ、と考えることが時々ある。誰だって傷つくのはいやだし、挫折だってしたくない。自分にできることを、できる範囲で、丁寧に積み上げていければそれがいちばん幸せだ。でも人間というのは我儘な生き物で、幸せをひとつ得るたびどんどん欲張りになっていくのである……。でもさらに困ったことに、その欲張りな自分が、もっと大きな幸せを呼び寄せてくれるんだよなあ、なんてことを思わされた小説『ハリネズミ乙女、はじめての恋』(令丈ヒロ子/KADOKAWA)。累計300万部突破した「若おかみは小学生!」シリーズで知られる児童文学界の人気作家が、はじめて大人向けに書いた癒しの青春小説だ。

 主人公のコノカは19歳。祖母と母が有名な漫才師、という大阪では知られた芸人一家の娘として生まれ、さらには兄までもがイケメン芸人としてデビューしてしまったものだからもう大変。母の下品な下ネタギャグを強要されるわ、兄目当ての女子につきまとわれるわ、うんざりし続けた結果が、友達も恋人もひとりもいない精神的引きこもりに。とにかく息苦しい大阪から逃げ出したくて、上京したはいいものの、東京のスピードにもついていけずバイトもクビ。どうしたものかと思っているところに出会ったのがなんと、大阪弁で人の言葉を話す不思議な白ハリネズミ・白ハリくんなのだった。

 白ハリくんと一緒にいるため、ペットショップ「コニィ」で働きだしたコノカだが、彼と“話して”いるところを動画で撮影されて、あげくのはてにはインターネット上に無断で公開され、あれよあれよというまに腹話術師の「ハリ乙女」として芸人デビューすることに。そしてやがて白ハリくんのしゃべる秘密も明らかになっていくのだが、不器用でがんばりやさんなコノカの行動ひとつひとつが、まあ、心に刺さるのである。

 もちろん芸人一家に生まれるなんて苦悩は、誰でも味わうものではない。だけど他人の目が気になって、自分の殻に閉じこもってしまうことは、わりと誰にでもあるんじゃないだろうか。「どうせこんなふうに思ってるんでしょ」と端からそっぽを向いて他人をシャットアウトしてしまう。他人の悪意に敏感になるあまり、向けられていた好意や優しさにも気づけず、自分のほうが誰かを傷つけてしまっていた、なんてこともよくある話だ。

 コノカは繊細で、純情だ。何事にも一生懸命で、真面目だからこそ、生きづらい。でもだから、臆病になってどうしても「一歩」が踏み出せない。今のままで十分幸せだから、そのままでいいと思ってしまう。だけど白ハリくんとの出会いによって、コノカはその一歩を踏み出す勇気を得るのである。その結果、いやみな先輩や、上から目線の男や、心無い誹謗中傷を浴びせる第三者や、これまで知ることのなかったいやな思いもたくさんするけれど、はじめて自分を受け入れてくれる大好きで大事な他人の存在も得るのである。

 そしてその先で彼女は思う。「私は幸せだ」と。この先何があっても、その気持ちを思い出したら幸せがよみがえって生きていける、と。その瞬間、彼女は報われている。そして読み手の私たちも、一緒に報われる。ここで泣かなかったら嘘だ、というくらいに、胸が詰まるシーンだ。

 なにげない日々をがんばっている大人たちにぜひ、コノカと一緒にその瞬間に辿りついてほしい。そのためにもぜひ読んでほしい。そんな小説なのである。

文=立花もも