予測不可能の騙し合い!『ルパン三世』『オーシャンズ11』を彷彿とさせる究極のエンターテインメント時代小説がすごい!

文芸・カルチャー

2017/1/18

 次世代の時代小説が誕生した瞬間を、目の当たりにした気分だった。映画脚本の俊才、竹内清人氏初のオリジナル小説『躍る六悪人』(ポプラ社)は、今までの時代小説の常識を覆す比類なきエンターテインメント作品だ。「シン・ゴジラ」や「ローレライ」などを手掛けた映画監督の樋口真嗣氏も、「軽妙にして大胆。洒脱でありながら懇篤(こんとく)。こういう自由で小粋で痛快な時代劇を、太秦か帷子ノ辻で沢山撮って欲しいです」とお墨付きのコメントを寄せている。

 時は天保9年(1838年)。飢饉や悪政で窮民が江戸にあふれる一方、将軍の側近である中野碩翁(なかの・せきおう)は公儀の金を着服し、賄賂や賭博で私腹を肥やしている。彼の蔵には不正に集めた10万両が収められていた。

「その隠し財産を盗み出せ」というミッションを、時の老中・水野忠邦より課せられたのが、ゆすりやたかりで生計を立てる悪党、河内山宗俊(こうちやま・そうしゅん)。

 しかし、10万両が隠されている蔵は、天下のからくり師が様々な「仕掛け」を施した難攻不落の隠し場所であった。

 一日の内に何度も番号の変わる「数字錠」が施された扉。碩翁の手を認証しなければ解除できない落とし穴。串刺しの間、エレキの間、水攻めの間……時間内にすべての「からくり」を攻略しなければ、お宝を盗み出すことはできない。

 さて、元義賊で切れ者、粋で情に厚い宗俊は、いかにしてこのお宝を盗み出すのか。宗俊は一芸に秀でた仲間たちと共に、決死のお宝争奪の渦中に飛び込んでいく。

 しかし、仲間は腹に一物を抱えるやつらばかり。誰が本当の味方なのか、心の読み合い、裏切りが入り乱れ、老中の水野忠邦の思惑や、大塩平八郎の遺志を継ぐ逆賊「大塩党」や、宗俊の元仲間で因縁深き「森田屋」もお宝争奪戦に加わる中、果たして、宗俊は10万両を盗み出すことができるのだろうか?

「絶対無理でしょ!」という状況のお宝を盗み出すために、技能を持った仲間とタッグを組むお話の流れは、ジョージ・クルーニー主演の大ヒット映画『オーシャンズ11』を彷彿とさせられた。まるで映画を観ているような高揚感とハラハラ感を、小説でも味わえたのだ。

 しかも、本作は時代小説。現代のように科学的なテクノロジーも皆無の中、現代人でも「アッ」と驚くような技術を駆使し、適材適所の人員を配置し、綿密な計画を練り、お宝へと迫る姿は、スマホやパソコンが存在する現代小説では中々描けない圧巻の展開だったと思う。

 それに加えて、登場するキャラクターたち。非常に個性的で人間くさくて親しみを持てる。宗俊を慕う眉目秀麗な浪人・直次郎、軽業師の丑松、吉原の遊女・三千歳(みちとせ)、からくり作りの天才・突貫斎(とっかんさい)、碩翁への復讐を誓う娘・波路(なみじ)。彼らはみな、清く正しい「善人」ではない。己の目的のためには、手を汚す「悪人」なのだ。特に、セクシーで刺激を求める花魁の三千歳は『ルパン三世』の峰不二子のようなポジションで、宗俊を含め、読者をも惑わす。

「クサクサするよな日の本にでっけぇ風穴あけてやろうじゃねぇか!」とは、宗俊のセリフだ。本作は、縮こまって上司の顔色をうかがい、不景気をグチり、「いい子ちゃん」を演じている現代人の胸を「スカッと」させてくれる、至極のエンターテインメント小説だった。

文=雨野裾