人工子宮で夫が出産する未来も…… 。『黒い結婚 白い結婚』にみる「結婚の実態」7つのケースとは?

恋愛・結婚

更新日:2017/4/10

『黒い結婚 白い結婚』(中島京子、窪美澄、木原音瀬、深沢潮、成田名璃子、瀧羽麻子、森美樹/講談社)

 結婚すると天国にいけるのか? 地獄に落ちるのか? 「夫が妻にとって大事なのは、ただ夫が留守の時だけである」(ドストエフスキー)、「もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう」(チェーホフ)など、結婚に関する名言・格言には悲観的なものが多く、まるでそれが不幸の象徴のようにも思えてくる。

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 一方、老夫婦が仲良く連れだって歩いている姿を目にして憧れたことがある人もいるだろう。人生最期の瞬間、夫や妻に看取ってもらえるのはやはり幸せだと思うし、生まれ変わっても同じ伴侶と結婚したいという人もいる。

 そんな幸不幸表裏一体の結婚とは何なのか? 人はなぜ結婚するのだろうか?

 古来、繰り返し問われてきたその謎に、気鋭作家7人が挑んだアンソロジー集『黒い結婚 白い結婚』(講談社)を読めば、何かヒントが見つかるかもしれない。

白い結婚で描かれる、他人だからこそ大切に思える瞬間

 29歳の誕生日にプロポーズを受けた茉奈が登場するのは、瀧羽麻子さんが描く「シュークリーム」だ。生保の営業マンのシンジから、高級ホテルの最上階レストランで婚約指輪を受け取った茉奈は、人生最高のその幸せな日を境に、シンジに冷たくなっていく。ずっとひっかかっているのはシュークリームだ。中のクリームだけ食べて必ず皮を残すシンジの嫌な面がどんどん気になりはじめる茉奈。それでも読み終えたあと、「結婚って悪くないかも」と思えるのは、人が人を少しずつ理解する喜びが伝わってくるからだろう。

 森美樹さんは「ダーリンは女装家」で、女子高時代にカリスマバンドマン青人の追っかけをしていた真歩の結婚を描く。解散から25年後、女装家になっていた50歳の青人と再会した40歳の真歩の一途な思いは変わらない。寄り添うように、確かめ合うように共に暮らし始めた2人が、「結婚」を選択することには大きな意味がある。2人ともウエディングドレスを着て迎えた挙式のラストシーンで、不幸な結婚生活を強いられた真歩の母親が口にする「結婚は、いいものよ」という言葉が深い。

 成田名璃子さんの「いつか、二人で」は、お見合いが多かった時代に恋愛結婚した夫婦の物語だ。何十年も妻と連れ添ってきた主人公の夫が、「結婚とは何なのだろう」と新婚当時に考えていたことを思い出す。「生まれも育ちもまったく別の人間と夫婦になったことを、不思議な違和感とともに噛みしめていた」。「違和感というより、生活の時々に感じる、異物感と呼んだほうが正しいかもしれない」。しかし年老いて振り返ってみると、「異物感を自分の中に保つことで、何度でも、いつまでも、妻と過ごす時間のかけがえのなさを味わっていた」ことに思いを馳せる。この言葉の裏には、冬の時代を乗り越えてきた夫婦の歩みがあった。言葉や意味を超えて人と人が結びつく奇跡。それは決してめずらしいことではないのかもしれないと思えてくる作品だ。

黒い結婚で描かれる、歪んだ夫婦のカタチ

「愛の結晶」は“オトコ出産法”なる法律がつくられ、人工子宮によって男性同士のカップルが出産したり、男女の夫婦でも2人目は夫が出産するのが当たり前となっていたりする社会を舞台にした木原音瀬さんの小説。非常に衝撃的な内容だ。つわりに苦しむ“若き夫”の「産むことを強要される男の辛さの何がお前にわかるの。お前は女じゃん」という皮肉の効いた台詞など、男女の意識のズレや性差による役割偏重について考えさせられる言葉が多い。

 結婚を“利用する”女のしたたかさを見事に描いているのは、窪美澄さんの「水際の金魚」だ。本気で好きになった男Mに貢ぎ、捨てられたちづるは、醜男で小太りだがエリートの年上男とお見合い結婚して優越感に浸る。しかし形だけの結婚の空白を満たすように、偶然再会したMにお金を払い、涙しながら体だけの関係を続けるようになるのだ。ちづるを批判するのは簡単だ。しかし最後まで読み終えたあと、事はそう単純な問題ではないことに気づかされるだろう。

 深沢潮さんの「かっぱーん」では、結婚詐欺に遭ったアラサー独身女性の、切羽詰まった心情が痛いほど切実に描かれている。独身の間は仲が良かった女友だちが、何の前ぶれもなくフェイスブックに投稿した結婚式と披露宴の写真。それを見た主人公の女性の動揺と焦りは、似たような経験がある人なら共感するかもしれない。しかし結婚に追い詰められた女の弱さと隙、漠然と結婚を夢見る人間の稚拙さと危うさがよくわかる、ある意味、辛辣な作品でもある。

 中島京子の「家猫」は、読むと怒りが湧いてくるほどインパクトの強い作品だ。地位や収入の高さで息子を自慢し、「いい年で嫁も子どももないのは、人として間違っている」「子どもを産むのは女の義務」という価値観の親のもとで育てられたマザコン男が結婚したらどうなるか? 離婚した元妻が語る、元夫による精神的DVにページを繰る手が震えてくるほどだ。結婚を邪魔しているのは親、というケースもめずらしくない。その典型的な例の作品だ。

 7作品すべて読み終えたとき、結婚に対する妄想や幻想が消え去る人もいるかもしれない。独身者はそれでも結婚したいと思うだろうか? 既婚者は自分の結婚が白と黒のどちらに近いだろうか? 本作品をきっかけにじっくり考えたい。

文=樺山美夏