マイルス・デイヴィスは「鬼上司」?! ジャズの世界をビジネスにたとえると? ジャズ初心者のための入門書

エンタメ

更新日:2017/3/21

『ビジネスマンのための(こっそり)ジャズ入門』(高野雲/シンコーミュージック)

 ジャズの難解さは否定しづらい。たとえば、ロック・ポップスのようにボーカルが際立った音楽であれば、歌声で好き嫌いを判断できる。アクセル・ローズの音域の広さを絶賛したり、オジー・オズボーンの悪魔的な歌声を褒め称えたり。逆に、その高音が鼻につくとか、歌が下手すぎるとか。「この曲の歌詞がいい」なんて褒め言葉もよく聞く。

 一方で、演奏がメインのジャズ(もちろん歌モノもあるが)となると、演奏者によって何がどう違うのか、正直よくわからないというのが一般的なイメージだと思う。『ビジネスマンのための(こっそり)ジャズ入門』(高野雲/シンコーミュージック)は、それでもジャズに挑戦したい、という人のための入門書だ。本書がジャズ初心者にとって親切な点は、解説に用いられるたとえの身近さである。

 その一例を挙げてみよう。ジャズの演奏を楽しむうえで大事なポイントのひとつは、「テーマとアドリブ」を聴き分けること。テーマとは、曲の軸となるメロディの部分。アドリブとは、テーマをもとに演奏者が即興で吹く(弾く)部分を指す。本書では、これを企業の新卒・中途採用の面接試験にたとえて、以下のように説明している。

advertisement

 簡単に言ってしまえば、「テーマ」は事前に暗記してきた志望動機のようなものです。アドリブはその場で放たれる生の言葉。

 そう、ジャズが個性の音楽と言われる所以は、その場でのアドリブに、演奏者の本音や人間性が見え隠れするからなのです。

 要は「ここがアドリブ」とわかればよいのだ。これだけで、ジャズ=難解というイメージは、多少ほぐれるはず。当然テーマも大事なのだが、ジャズのおもしろさは、アドリブからにじみ出る演奏者の個性を楽しめるかどうかにある、といっても過言ではない。

 とはいえ、演奏者に関する前情報がないと、どこから手を付けたらよいか、どう聴いたらよいかわからず、挫折してしまう可能性が高い。そこで本書では、ジャズマンをビジネスマンにたとえて、個々の特徴を解説している。

 モダンジャズ史上、最も重要なトランぺッター、マイルス・デイヴィスは「鬼上司」。なぜなら、自身のグループのメンバー(すなわち「部下」)に対して、常にクリエイティブな発想(たとえるなら新しい企画)を要求したから。ただ、よい企画や部下の優れた意見を大事にする人物でもあった。そのため「あの人の下でがんばれば必ず成功する」と周囲から評価されており、ジョン・コルトレーンやビル・エヴァンスをはじめ、多数の著名なジャズマンを輩出。これもマイルスの功績のひとつだ。

 マイルスのグループに所属していたピアニスト、レッド・ガーランドは、「可愛げのある部下」として紹介されている。元ボクサーという経歴から、当時ボクシングに興味があった上司・マイルスの話し相手になったり、マイルスが過去に吹いたフレーズを自分の演奏の中に織り交ぜたり……能力的にはそこそこでも、マイルスに気に入られていたというレッド。ふたりのエピソードの数々は興味深いし、知っていると親近感が湧く。

 ジャズマンの紹介の最後には、オススメのアルバムが添えられている。その選定基準もミソで、初心者には難解と思われるジャズマン・アルバムは、いわゆるビッグネームや名盤であっても割愛したという。

 最後に、ひとりのジャズ入門者として私が注目したジャズマン、トランぺッターであり歌手でもある、チェット・ベイカーを紹介したい。オススメのアルバムは、1954年に録音された『チェット・ベイカー・シングス』。中性的でしっとりとした、チェットの歌声が聴ける、癒し系アルバムだ。聴いていてとてもリラックスできる。ちなみにこのチェット節、著者いわく「ダメな人にはダメ、分かる人には最高の媚薬」とのこと。

 詰まるところ、音楽は聴いてみるのがいちばん。だが、聴き始める前に少し予習をしておくだけで、同じ曲でもまったく違って聴こえるだろう。

文=上原純(Office Ti+)