悪のボスが猫を膝に乗せているのには、こんなワケがあった!? 定番イメージを題材にした『悪のボスと猫。』が話題

マンガ

公開日:2017/4/4

『悪のボスと猫。』(ボマーン/双葉社)

 往年の名作映画「007」シリーズでは悪のボスであるブロフェルドが、猫を膝に乗せた姿がお馴染みだった。猫を優しく愛でながら非情な命令を下す姿に、そのギャップから得体の知れない恐怖を感じたものだ。しかし、待てよ……。膝の猫がボスにとても懐いているなら、世話も彼によってなされるのだろうか? 血も涙もないように見えるボスが猫を世話する姿など、これまでは当然、描かれるはずもなかった。だが、それをやってしまった漫画がTwitterから誕生。タイトルは『悪のボスと猫。』(ボマーン/双葉社)だ。

 最近はTwitter発の漫画が雑誌掲載されたり単行本として発売されたりすることが増えており、本書も作者のボマーンがTwitterで描き始めた2ページのショートギャグが原点だ。タイトルどおり悪の組織のボスである主人公と、その5匹の愛猫との日常が描かれている。彼はマフィアのボスのようで、本拠地があるビルの自室で猫を膝に乗せながら部下たちを取り仕切っている。時には敵組織から命を狙われたりするのだが、ことごとく猫が絡んでくる。そしてボスは猫にはとても甘く、猫を中心に行動する「猫可愛がり」ぶりが実に微笑ましい。

いつもはコワモテのボスも、猫の前ではこの通り。どんなイタズラにも笑って対応するその姿は、猫好きの鑑のよう(『悪のボスと猫。』P68)

 ではなぜ、ボスは猫に特別な愛情を注ぐのか。話は彼の若き日にさかのぼるが、当時の彼が抗争で受けた傷なのか、腕から血を流しながら路地裏へ朦朧とした状態で歩いてくる。壁に倒れ掛かり逃走を諦めかけた彼の前に、傷だらけの仔猫が親を求めるかのごとく近寄ってきた。仔猫に自身の境遇を重ねたのか、彼はその仔猫を抱え上げ街中へと消えていくのだ。猫と飼い主にはそれぞれ、さまざまな出会いのエピソードがあろうが、きっとその思い入れが強ければ強いほど、深い愛情が生まれるであろうことは想像に難くない。

advertisement

お互い傷だらけでの出会い──。ただ可愛いから膝に乗せているだけではない、絆の存在を描いたエピソードだ(『悪のボスと猫。』P13-14)

 ところで悪のボスが猫を抱くイメージは、どこから来たのだろうか。一般的には映画「007」シリーズにおいて1963年製作の第2作『007ロシアより愛をこめて』が最初だとされる。その時は顔を見せずに、手と膝上の猫だけで描写されていた。その後、1967年製作『007は二度死ぬ』から立襟のスーツにペルシャ猫を抱く姿を明確にし、その後のイメージを決定づける。

 それ以降、数々の模倣が生まれたが時を経るにつれ、徐々に王道というよりはパロディ的な扱いが多くなってしまった。映画『オースティンパワーズ』のDr.イーブルなど、それに当たるだろうか。しかし現在では、猫を抱くイメージの悪のボスとなると、アニメ「ポケットモンスター」シリーズに登場するロケット団のボス・サカキくらいだ。彼もまた猫型ポケモンのペルシアンを常に従えているが、それですら初登場は1997年、今から20年前なのだ。現在、悪のボスと猫の組み合わせは、むしろ希少になってしまったようである。

 私は当初、本書を単なるギャグだとみていたが、「ボスと猫の黄金パターン」への回答としても成立するのではと思うようになった。漫画ではボスと猫の間に、絆が生まれるエピソードを描いた。先述のブロフェルドやDr.イーブルも、同様に猫との物語があるかもしれないのだ。もっとも作者はこの作品を書くきっかけとして「猫を膝に乗せた印象の強い悪のボスが『実は猫をたくさん飼っていたら面白いかも』との思い付きから」だと猫好き専門サイトのインタビューに答えている。もちろんこれも、定番イメージに対するひとつの回答だろう。

 本書は作者による猫への愛情の表れでもある。事実、作者は大の猫好きで自身のTwitter上でも今年の2月22日(ネコの日)には、以前飼っていた猫の思い出を語っている。そのうち1匹は21年も生きていたという。その猫は作者を弟と思っていたらしく、家に帰ってくる作者を出迎えるのが日課だったそうだ。それだけ猫と共に過ごした分、猫の行動描写はマニアがうなるほど。猫好きなら是非ともボスと気持ちを共有してほしい。

文=木谷誠