社会

“言葉”はどのように受け継がれていくのか――『考える人』編集長の深イイメルマガ・ベスト版

『言葉はこうして生き残った』(河野通和/ミシマ社)

 出会いの春、心躍る春、言葉遣いが気になる春。新人バイト・新社会人たちが働きだし、先輩バイト・先輩社員の皆さんにおかれましては、「レシートのお返しです」を「レシートでございます」に訂正したい、「了解は敬語じゃない! 承知を使え!」と言いたい、などという瞬間も少なくないかと思います。

 正しさの追求や、誤りだとイラ立つ前に、そもそも言葉は変化していくものだと思って、ひとつひとつの言葉の背景に目を向ければ、不愉快な気持ちは面白みに変わるかもしれません。『言葉はこうして生き残った』(河野通和/ミシマ社)は言葉そのものの面白さ・不思議さ・尊さをテーマにしています。

 本書は、日本で最も歴史ある雑誌のひとつである『中央公論』や、2017年春号を以って休刊が発表された『考える人』の編集長を務めてきた著者の書評メルマガから、厳選されたもので構成されています。

 題名に「生き残る」とある通り、今私たちが話したり書いたりしているのは歴史の荒波の中で生存競争に勝ってきた言葉たちです。「大殿籠る」とか「ひねもす」という万葉集や枕草子などに記されている単語であっても、教科書に載っていたり、変わったニュアンスを醸し出すために使われたりという形で、いまだに立派に生き残っています。言語が「生きる」ということに関して、著者はこのように語っています。

語感は主観に左右されますし、時代とともに移ろいやすいのは、おそらく言葉の「意味」以上でしょう。それだけに、辞典という“長期保証”の書物とはなじみにくいはずですが、裏返せば、これを誰かが記録しておかない限り、歴史的な証拠が跡形もなく消え失せてしまう恐れがあります。

 たとえば「パリピ(パーティーピープルの意)」という言葉。この言葉はなぜ「パティピ」あるいは「パーピー」とはならなかったのでしょうか。まず、少し言いにくい。[pɑ’ːrti] という発音が、日本人の耳には「パーリー」と聞こえる。「パーリー」はなんとなく浮かれた雰囲気がして、言葉の言い方も楽しめて面白い。「ピープル」や「ピーポー」という単語はありきたりだから、いっそのこと「ピ」で十分だ……たった一語から様々な連想ができますが、果たしてこの言葉のニュアンスは10年後理解されるでしょうか。理解されない日が来た時、誰もその存在を語り継がなくなった時、言葉は無くなって(題名に則するならば、亡くなって)しまいます。

「パリピ」の行く末がご心配な方に、著者が痕跡本(前の持ち主による書き込み、挟み込みがある古本)を描写した美しい言葉をご紹介しましょう。

前の持ち主が何らかの理由でその本を手に取り、ある時間をともに過ごします。それが何らかの理由で持ち主の手を離れ、やがて古本屋へ流れ着くという物語。その痕跡は、まるで海に流された壜(びん)の中の手紙のように思えます。

 このように、言葉もまた人間のように旅をして、バトンタッチされていき、変化していくものだと丸一冊をかけて著者は語っていきます。「いつもありがとう」と、言葉で言葉にお礼を言いたくなる、新年度のはじまりにピッタリの一冊です。

文=神保慶政



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