「あの花」「ここさけ」脚本家の自伝! あのキャラクターの“引きこもり”は、自身の経験に基づいていた!

文芸・カルチャー

2017/4/12


『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(岡田麿里/文藝春秋)

2011年にTVアニメが大ヒットし、2013年には劇場アニメ化、2015年には実写TVドラマ化した『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』、通称“あの花”。そして2015年に劇場アニメが公開され、今年2017年に実写映画化も決定している『心が叫びたがってるんだ。』、通称“ここさけ”。2本のアニメの作品の脚本を担当しているのは、岡田麿里という女性脚本家だ。

この2つの作品には、いくつか似ている点がある。その中の1つが、“主人公が闇を抱え、自分の殻に閉じこもってしまっている”ということ。「あの花」の主人公・宿海仁太は、幼い頃に幼なじみの本間芽衣子を傷つけ、その直後に彼女が死んでしまったこと、「ここさけ」の主人公・成瀬順は、無知だった幼い自分の発言で両親が離婚してしまったというトラウマを抱えているキャラクターだ。

「秩父」を舞台に繰り広げられるこの2つの物語の根源には、実は岡田さん自身の実体験があった。彼女自身が、小学校時代から徐々に学校に行けなくなってしまった「登校拒否児」だったのだ。そして今年4月12日、岡田さんの過去から今に至るまでの半生を綴った自伝『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(岡田麿里/文藝春秋)が発売される。

岡田さんは、最初は月に1、2回ずる休みをする程度だったそうだが、それが週1、2回になり、そして最終的には年に数回しか学校に行けない生活を送ることになる。

本書内には、人の中でうまく生きるということができない、どうしても浮いてしまう子どもだったと書かれている。本当は普通の子として見てほしいのに、どうしてもそれが適わない。こういった苦しみを抱えて生きている人は、「クラス」という括りの中でみると、1人いるかいないかの圧倒的少数派だ。そしてそういった生徒は、みんなにとってゼロではなくマイナスとして認識される。例えば修学旅行などで班を作る時、まとまって何かをする時、学校という特性上、先生がその子を放っておくわけにはいかないからだ。だから、強制的にどこかのグループに組み込まれる。それによって、その「仲良しグループ」の楽しい時間に水を差してしまうことになる。実は筆者もいわゆる「ぼっち」だったので、この辛さは痛いほど分かる。1人の方がマシなのに、それすら許されないのだ。誰も望んでないのに。筆者は今でも、1人行動を悪とする風潮がなくならない限り、登校拒否はなくならないと思っている。

とにかくそんな生活を送っていた岡田さんは、「外の世界」から弾かれてしまい、秩父という山に囲まれた土地の、さらに家の中に閉じ込められている感覚に襲われていた。そんな中、実の母親に「お前みたいな子供がいるのは恥ずかしい、殺す」と言われ、包丁を突き付けられたこともあったそうだ。だが、そうやって鬱々と過ごしていた岡田さんにも転機が訪れる。何かを表現するという喜びにめざめ脚本家への道へ進み、今に至るのだ。

岡田さんは、今でも人との関わり方がうまくなったわけではないという。もちろん、これを克服するに越したことはないのだろうが、克服しなければどこに行ってもやっていけない、と焦る人にとっては、こういう性格でもちゃんと認められている人がいて、認めてくれる人もいるのだということが大きな救いになるのではなかろうか。事実筆者は、こんな有名な話題作を作っている人でも同じようなことで苦しんで生きているのか、とかなり救われた。

この『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』には、生身の不器用な人間の歩んだ道が描かれている。自分はおかしいんじゃないか、なぜ人と違うのか、と苦しみ悩んでいる人たちに、ぜひともこの本を読んでほしい。

文=月乃雫