トランプを支えたのは白人貧困層!? 波乱のアメリカ大統領選を生み出した、ヒルビリー(田舎者)の実態

社会

公開日:2017/4/17

『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)

 過激な発言の数々で世界中の注目を集めるドナルド・トランプ大統領だが、いまだに彼の当選はショッキングな出来事として世界中の印象に刻まれている。それは当事者であるアメリカ国民からしても同じことだ。そして、トランプを圧倒的に支持した白人貧困層への関心が集まるようになった。

 どうして彼らはトランプを愛し、前大統領オバマのように物腰柔らかな政治家を憎むのか? 『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)はタイム誌が「トランプの勝利を理解するための6冊」の1冊に選定するなどアメリカ国内で大反響を巻き起こしており、これらのタイムリーな謎に答えてくれるだろう。

 先に述べておきたいのは、本書が思想書や政治論の類ではないということである。内容はケンタッキー州南東部ジャクソン出身の著者、J.D.ヴァンスの自伝であり、貧しい家庭に生まれ育った彼が、経済的成功を収めるまでが綴られていく。それがどうして大統領選挙と関係があるのかというと、ジャクソンは典型的なヒルビリー(田舎者の蔑称。主に白人の場合を指す)が集中して暮らしている土地で、トランプ大統領の支持基盤となっているからだ。

advertisement

 ヴァンスの少年時代からは、ヒルビリーの特徴が見えてくる。周囲にいる大人は男女を問わず粗野で乱暴、学校教育はほとんど身についていない。ヴァンスの母親は看護師だったが、薬物依存症のせいで仕事は長続きしない。ヴァンスの父親とは離婚しており、恋人を次から次へと変えていく。職場で抜き打ちの尿検査があると聞かされ、当時高校生だったヴァンスに尿を渡せと迫るほどの駄目な母親。当然ながら、ヴァンスもヒルビリーの例に漏れない男に育っていく。少年時代からマリファナに手を出し、学校の成績は最低、将来の見通しなどつかない毎日が過ぎていった。

 ヒルビリーたちの共通点は、未来に対する徹底した諦念だ。自分の人生の更正はもちろん、子供たちの人生もより良くしたいという気持ちがない。真面目に働くことを嫌い、上手くいかないことがあると自分たちの愚かさを棚に上げ、全て公的機関のせいにする。ヴァンスの母校の高校教師が残した発言が印象的だ。

私たちに、その子たちの羊飼いになれと言うんです。でも狼に育てられている子がたくさんいることは、誰も話したがりません。

 ヴァンスは自らの転機として二つの出来事を挙げる。高校2年生から3年間を祖母と暮らしたこと、そして海兵隊に入隊したことだ。口は悪いものの、一族の中でもっとも厳しく愛情が深い祖母との暮らしは、ヴァンスにとっても「幸せだった」。心の安定を知ったヴァンスは自然と成績も向上していく。また、高校卒業後、軍隊で過酷な訓練を受けることによってヴァンスは「思い込み」を捨て去ることができた。自分の限界を自分で決めてはいけないと学んだのである。

 その後、名門イェール大学で法律を学び、成功へと辿り着くヴァンス。彼の人生は他のヒルビリーと比べて何が違ったのか? たとえば、「勉強をしろ」と厳しくしつけてくれた祖母がいた。母親の代わりに自分を守ってくれた姉がいた。進路に的確なアドバイスをくれた教授がいたし、目上の人との会食でテーブルマナーを教えてくれた恋人がいた。しかし、ヴァンス自身は恩人たちとの出会いを「運が良かった」と形容する。事実、もしもヴァンスの祖母がもっと自堕落な生活を送っていたとすれば、ヴァンスの人生はどうなっていたか分からない。

 そして、ヴァンスと違い「運が悪かった」大半のヒルビリーは、今日も不遇な人生を送りながら、政治家を呪い続けている。彼らにとっては、知的で正しい主張を押し出す政治家は共感できないエリートであり、憎むべき相手に過ぎない。翻訳版の解説では、こうしたヒルビリーの心理がトランプ人気へとつながっていった過程がよく分かる。企業家として大衆心理を意のままに操るトランプは、インパクト重視の言葉で仮想敵を攻撃し、白人貧困層の票を手中に収めた。本書はアメリカ国民が目を背けてきた「トランプを選んだ国」の実態を明らかにするのだ。

文=石塚就一