「アダムのリンゴ」って何のこと? 単語や文法の勉強だけじゃ分からない! 古代ギリシアから21世紀のIT用語まで英語を楽しく学べる本!

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更新日:2017/6/2

『アダムのリンゴ』(小泉牧夫/IBCパブリッシング)

 日本では、英語を苦手としている人が多い。かくいう私も中学生時代、約1ヶ月間、米国の一般家庭に寄宿しておきながら、ついぞ上達せず親にはお金を溝に捨てたと嘆かれた。識者はリスニングが足りないとか、文法に偏重している教育方法に問題があるとか指摘しているが、そもそも日本での生活に必要が無いからという説もある。というのも、外国に追いつけ追い越せと躍起になっていた明治時代に、多くの外国語が日本語に置き換えられ、当時の日本に無かった単語は古代中国の文献などまで参考に造語していたからだ。

 それはつまり、文化の違いが横たわっていたからに他ならない。その文化面に目を向けて、英単語や慣用句の由来から英語の面白さを教えてくれるのが、この『アダムのリンゴ』(小泉牧夫/IBCパブリッシング)である。

 本書の標題にもなっている「Adam’s Apple」は、そのままGoogle先生に翻訳してもらうと「アダムのりんご」となってしまうが、本書によれば「喉仏」のことで、旧約聖書において神から食べることを禁じられた「禁断の果実」を齧ったアダムが慌てて飲み込もうとして、喉に詰まらせてしまったのが由来だという。古代ギリシアからローマ時代、中世や近代などの時代ごとに章が分けられている本書でも、キリスト教絡みの言い回しが英語には少なくなく、答えが“Yes”以外にない質問を相手にすると、「Is the pope Catholic?」(ローマ教皇はカトリックなの?)と返されることがあるそうだ。日本人からしたら何を聞き返されたのかと戸惑ってしまうこの言葉は、「分かりきったことを聞くなよ、当たり前だろう」という意味なのだとか。これと同じ意味になるらしい「ちょっと下品で不謹慎な表現」も本書では紹介されており、その英文を試しにGoogle先生に尋ねてみたものの、「熊は森の中でうんざりしていますか?」と翻訳されて意味が分からなかった。

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 戦後・21世紀編には「IT用語」の解説もあり、2000年頃までは「send an e-mail message」(Eメール・メッセージを送る)というのが正しい英語表現とされていたのが、今では「email」が動詞になっているうえ、普通の手紙などの郵便物との区別が英語ではしにくくなっているようだ。そのため「郵送する」と相手に伝えたい時には「snail(カタツムリ) mail」と書き、実際に「smail」なんて用語がemailと対になっているとのこと。面白いのは世界相互通信網(インターネット)で情報を見るのに使う「browser」(ブラウザ)、これは15世紀頃に使われた「あちこちで葉や草を食べては、また別の場所に移動していく」牛や馬や羊の行動を表す動詞から転じたもの。利用者が情報を拾い読みする行為を、見事に言い表している気がする。

 明治時代に福沢諭吉は、自らの著書で現在「社会」と訳される「society」を「人間交際」と訳し、「freedom」を「自由」と訳すにあたっては、勝手気ままなことと区別するために「御免」とするかどうかで悩み抜いたという逸話がある。「御免の女神」にならず良かったとはいえ、先人の努力が日本を発展させる礎になった一方で、日本人の英語力の向上を阻んだとすれば皮肉な話だ。そしてリスニングについては、以前はヒアリングと云うことが多かったようだが、意味としてはリスニングが「傾聴する」ことだとすれば、ヒアリングは単に「聞こえてくる」となるため、勉強する行為として考えるとリスニングのほうが相応しいと云えるだろう。ただ単語や文法を暗記するのではなく、その文化にも関心を持つことが英語を学ぶのに必要なのだと本書で学ぶことができた。分かったかね、中学生時代の私。

文=清水銀嶺