『自分を好きになろう うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ』第1章試し読み

暮らし

更新日:2017/7/3

家に帰ったら、ベッドへ直行

彼が去ってからの私は、仕事を終えると、スーパーに寄って惣菜弁当と缶酎ハイを買い、家にまっすぐ帰りました。夜の街のバーに入って、ちょっといいなと思う男の人に媚を売ったりとか、そういうことに全く興味がなくなりました。ひとりで部屋に戻り、着ていた服を脱ぎ捨てソファーに積み上がった服の山の上に放り投げるとすぐに、ベッドに潜り込みました。

スーパーの惣菜弁当は、ベッドの中で寝ながら口に放り込み、缶酎ハイで胃袋に流し込みました。食べ終わったら、スーパーの袋に入れてベッドサイドに積み上がったゴミの山に捨てました。

ベッドの中で、私は、「この先、きっといいことなんか何もないだろうな。確かに病気はよくなっているんだろうけれど、そのおかげで仕事もできるようになったけれど、心が死んだみたいなこの気持ちはなんとかならないのかな」と、悶々と考えていました。
以前、双極性障害の治療のために1年4ヶ月ほど療養していた時もそうだったのですが、何もしていないと、時間が経つのがものすごく早いのです。昼前に起きて、散歩に行き、ベンチに座って太陽を浴びて、食事を作って食べて、ネットをして寝る……という毎日を繰り返していると、記憶に残るような刺激がないので、毎日が全くおなじように過ぎるためだと思います。1年4ヶ月が3ヶ月ぐらいに感じました。

advertisement

そして、今回も、ベッドの中で惣菜弁当と缶酎ハイをお供にしながらネットをしていたら、いつのまにか2ヶ月経っていました。状況はどんどん悪くなっていくような気がしました。

彼に会いたくてたまらなかったけれど、会ってもどうにもならないような気がしました。どんな手を使ってでも無理やり連絡して会って、謝って、すがったら、優しい彼は何度かは、付き合ってくれるかもしれません。
でも、彼に連絡することはもうできませんでした。

自分の心のスカスカ感、つまり不充足感を、彼という存在を利用して埋めようとしたら、それはこれまでの「モテ」のためにしてきた不毛な行為にとても似ているような気がして、やっと好きになれる人に出会えたと思ったその彼には、そういうことをしたくないと思いました。

孤独だけれど、どうしたらいいのか全然わかりませんでした。布団の中で、弁当を食べながら、スマホでSNSをしたりネットを眺めて、眠くなるまでの時間を過ごしました。

いつのまにか、ゴミ屋敷に

そんなある日、電話が鳴りました。「親方」からでした。
「久しぶりだな。元気か?」
親方とは、2011年の東日本大震災の取材で出会いました。
福島第一原発に作業員を送る会社を経営していた親方は、私のひとつ年上です。150人もの従業員を抱えて災害を乗り切ってみせた親方のその生きざまを、私は前著『境界の町で』(リトルモア)で書きました。すごく頼りがいのある人で、取材で知り合った私のことも、常々気にかけてくれていました。

受話器から鳴り響く親方の声は、ハリがあって早口で、生命力にみなぎっていました。正直なところを打ち明けるのも気が引けたので、なんとなく「あ、ご無沙汰しています。元気ですよ」と返事しました。
すると親方はこう言うのです。

「元気? おめえ、全然元気じゃねえだろ。まだ、アタマの薬飲んでんのか? おめえよぉ、Twitterにあんなポエムみたいなこと書いてよぉ。もうすぐ40になる大人がすることじゃねーぞ。おめー、マジで大丈夫か!」

確かに私はTwitterに「毎日がつらい」「孤独をかみしめている」「これから先、私はどうしたらいいのだろう」みたいな、心の迷いを連日投稿していました。

「あ。親方、私のTwitter見てたんですね。いや、ほら、ああいう愚痴って、聞くほうも疲れるでしょ。私、人が私の愚痴を聞いてうんざりしている顔を想像するのも怖いんですよ。だから、Twitterに書いてるんですよ。Twitterなら、誰にも迷惑かけないし」
「おめーは、またうつなのか」
「いやぁ、うつっていうか。それは治ったんですよ、もう。仕事にも復帰しましたし」
「治ってねえんじゃねえの。全然楽しくなさそうじゃん」
「そうですかね」
「そうだよ。そうだ。おめえんち、今、ゴミ屋敷だろ? 今、せんべい布団の周りがコンビニ弁当のカラで山になってるだろ」

図星でした。
「いや、私の家、ベッドなんで、布団じゃないです」
「そこじゃねえよ、ゴミだらけだろって言ってんの」
「ああ、まあそうですね。恥ずかしいですけど」

「オレよお、原発の仕事のあと、地震でもう使い物にならねえ家の解体の仕事やってるんだよ。狭い町だから、地震が来る前にどこの家にひきこもりがいたとか、どこの家にうつ病のやつがいたとか、町のやつらはみんな知ってるんだけど、そういう、メンタル病んでるやつの家壊しに行くと、決まってみんな、家の中がゴミ屋敷なんだよ。コンビニ弁当のカラが積んであって、雑誌が腐って床が抜けてるんだ。ペットボトルはハンパに飲み物が残ってて、全部腐って緑色でよお。おめえんちもそうじゃねえのか」
「うーん、まあ、腐ったペットボトルはないけど、近いですね」
「それ、片付けろよ」
「そうですよね。片付けたいんですけどなかなかモチベーションが……」
「ひとりでできねえなら、若えのそっちにやろうか? トラック持ってくから、ゴミ積んでってやるよ」

さすがに、今の部屋に人を入れることはとてもじゃないけどできないと思いました。うちにはねこが3匹いるのですが、ねこのトイレの周りの床には糞がこびりついていて、掃除をしないまま2ヶ月も経過していたため、においもありました。
人が見たら確実に「ドン引き」する部屋であることは間違いないのです。

「いや、それは大丈夫です。ていうか、誰か部屋に入れるために、ざっと掃除しないといけない感じなので。なんだろ、たとえて言えば服買いたいけど服屋に着ていく服がないみたいな状態っていうか……」

「それ、もう末期だな。ていうかよお、おめえ、病気のやつがやりがちなこと全部やってるだろ。Twitterには愚痴ばっかり書いてる、暗いことばっかり考えてる、ひとりでネットばっかしてるだろ。それと、部屋がゴミ屋敷。な? 化粧とかもしてねえだろ。風呂入ってるか?」
「……」

「そういうの、1個でいいからやめてみろよ。病気じゃないやつの真似してみろ。そうだな、オレの真似だな! オレの家はいつ来てもキレイにしてるだろ」
「確かに、ものすごく片付いてますよね」
「だから、片付けろ。じゃあな」
親方はほとんど一方的に話をして電話も唐突に切れました。

>>片付けなんて、意味なくない?