“幼なじみ”という奇跡! 墨田区が舞台。“73歳の老人コンビ”がくり広げる、ハチャメチャなのに心温まる物語

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『政と源』(三浦しをん/集英社)

6月22日、三浦しをんの小説『政と源』(集英社)が文庫化される。『まほろ駅前多田便利軒』『舟を編む』『神去なあなあ日常』などのヒット作で知られる著者がこの作品で扱っているのは、家族でも恋人でもない“幼なじみ”という特別な間柄だ。

主人公は有田国政と堀源二郎という2人の老人。生まれてから73歳になる今日まで始終顔を突き合わせてきた、紛うことなき幼なじみの間柄である。

生まじめな元銀行員の国政と型破りな職人の源二郎は、性格も生き方もまるで正反対。なのになぜかウマが合い、長年行動をともにしてきた。ついでに言うと2人は見た目までが対照的で、国政がふさふさした白髪頭なのに対し、源二郎はわずかに残った髪の毛をカラフルな色に染めている。

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物語の舞台は東京東部にある墨田区Y町。隅田川と荒川にはさまれた水路の町で、2人は成長し、就職して、家庭をもった。妻子のために堅実に生きてきた国政は数年前、妻に去られて現在ひとり暮らし。若くしてつまみ簪(かんざし)造りの道に飛びこんだ源二郎は、いまでも腕のいい職人として仕事を続けているが、40代で妻を亡くしたという過去がある。

本作は6つのエピソードからなる。源二郎の愛弟子・徹平がかつての不良仲間に殴られ、金をたかられるという事件が発生。怒った源二郎が国政とともにチンピラ退治に立ち上がる巻頭のエピソード「政と源」。孫娘の七五三祝いに誘ってもらえない国政が、賑やかに暮らしている源二郎に嫉妬。ところが暴風雨の夜、国政はぎっくり腰になってしまい…。不器用な友人のため、小船で駆けつける源二郎の姿にはげしく萌える第2話「幼なじみ無線」。ときに可笑しく、ときにほろりとさせられる両エピソードを読み終える頃には、この素敵な凸凹老人コンビの動向から目が離せなくなっているはず。

後半に置かれた「花も嵐も」「平成無責任男」「Y町の永遠」の3つのエピソードでは、国政と別居中の妻・清子との関係にスポットが当てられていく。20歳の徹平が年上の恋人マミとの結婚を決意。しかし両家の親に猛反発を食らうなど前途は多難だ。一方、国政は源二郎の勧めにしたがって、清子の暮らす娘の家に電話をかけてみることにする。

国政と清子、徹平とマミ、そして源二郎と亡くなった妻の花枝。新旧3組のカップルの姿を通して浮かびあがるのは、いつの世も変わらずに愛おしい人間の姿だろう。笑って泣いて、恋をして喧嘩する。昭和から平成にかけてY町の景色は大きく変わったが、人の営みは変わらない。ハチャメチャで心温まるこの物語は、そう実感させてくれる。

『政と源』。シンプルだが、読み終えるとこれほどぴったりのタイトルはないと実感できるだろう。世に男同士の友情を描いた小説は数多いが、73年にもわたる友情となると別格だ。“幼なじみ”という奇跡で結ばれた国政と源二郎の物語。文庫化を機会にぜひ味わってみてほしい。

文=朝宮運河