「バッタに食べられたい」昆虫学者の奮闘記! アフリカの大地をバッタの大群から救え!

エンタメ

2017/7/2

『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎/光文社)

 日本では田舎の風物詩のような存在であるバッタだが、アフリカでは大問題となっている。雨季が終わるといつもバッタの大群が発生し、作物を食い荒らしてしまうのである。しかし、飢饉や不作の原因となるバッタを駆除するために殺虫剤を使用してしまうと、土を汚染して作物が育ちにくくなる。バッタの生態を理解し、正しい駆除方法を編み出すことが必須だが、過去40年、アフリカまで訪れる研究者がいなかったために、バッタ研究の歴史は停滞していた。

 そんな状況下で、2011年からアフリカ大陸のモーリタニアに滞在し、3年間にわたってバッタ漬けの毎日を送った日本人昆虫学者がいる。既にエッセイやニコニコ学会βなどでおなじみの前野ウルド浩太郎氏、待望の新著が『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社)だ。言葉も文化も異なる国で予期せぬトラブルに見舞われながらも奮闘する前野氏の姿に、読者は笑いながら感動できるだろう。

 前野氏のミドルネーム「ウルド」は、モーリタニアに来てから国立サバクトビバッタ研究所のババ所長が命名してくれたものだ。ウルドはモーリタニア人に多いミドルネームであり、前野氏のバッタ研究への情熱がババ所長に感銘を与えたのである。

 多くの昆虫学者が学会でのみ重宝される事象にしか興味を示さないのに対し、前野氏にはバッタを研究しつくすことで、少しでも駆除に役立ってほしいという思いがある。それが現地人にも受け入れられたのだ。

 しかし、前野氏がバッタを憎く思っているのかというとそうではない。真逆である。前野氏の夢は「バッタに食べられること」。緑色のスーツを着てバッタの大群に飛び込み、植物と間違われて群らがられたいというくらい、バッタを愛してやまない。もっとも、前野氏は14年間にもわたってバッタを触り続けたせいで、バッタアレルギーを発症してしまったのだが…。

 日本の研究室からモーリタニアの大地へとやって来た前野氏の毎日は桃源郷のように輝いていた。初めてのフィールドワークに赴いた前野氏は、大量のバッタを前にして歓喜する。

目の前にいる大量のバッタは全部私のものだ。こんな贅沢なシチュエーションでどんな研究をしようか。

 現地で撮影したバッタの写真の数々がすさまじい。葉がふさふさと生い茂った一本の植物かと思いきや全部バッタだったり、飛び交うバッタで空が覆いつくされていたり、日本では目撃できない光景が満載である。

 しかし、研究は順風満帆とはいかない。研究所員たちは外国人である前野氏を見下し、認めようとしない。ホームシックから研究用のバッタを食べに来たハリネズミを捕獲し、ペットにする始末だ(写真がかわいすぎる!)。挙句の果てには研究費が打ち切られ、前野氏は無収入になってしまう。日本に帰って就職するか、無一文のまま現地で研究を続けるか、前野氏の心は揺れる。

 そんな前野氏を支えてくれたのは国籍を超えた理解者たちである。ババ所長は「つらいときは自分より恵まれていない人を見ろ」という衝撃的なアドバイスで前野氏を応援してくれる。絶えず前野氏を気遣ってくれるババ所長は、気さくな人柄でモーリタニアでの父親的な立場となっていく。

 ドライバー兼バッタの飼育係を務めてくれたティジャニも気の置けないパートナーだ。金遣いが荒かったり、奥さんとの喧嘩に悩まされたり、何かとトラブルの多い男だが、それもまたご愛嬌である。バッタの大群発生の報告があったときには、何百キロでも車を運転してくれる頼もしい存在だ。

 日本のメディアで連載の機会を与えてくれた『プレシデント』誌編集部(当時)の石井伸介氏、研究を資金援助してくれた京都大学白眉プロジェクトなど、前野氏が苦難に陥るたび、不思議と救いの手が伸びてくる。前野氏のバッタ愛の熱さが人を引きつけずにはいられないのだろう。

 フィールドワーク中の砂漠グルメや、現地人との交流も楽しく、まるで子どもの頃に読んだ冒険物語のような雰囲気もある一冊だ。現在、帰国した前野氏は日本の大学で研究を続けているが、再びアフリカの地で緑色のスーツを着られる日が来てほしいと願わずにはいられない。

文=石塚就一