“凡人”から「世界一」に。エアレース室屋の波瀾万丈ストーリーと快進撃

暮らし

公開日:2017/7/10


 日本人はスポーツ選手を熱く応援するファンが多いと聞く。もちろん、他国のファンもそれぞれ熱心に応援するけれど、選手へのリスペクトの度合いや温度がちょっと違うのだ。

 例えば、欧米人ならファンが選手にも対等なムードで気さくに話しているのをよく見かけるが、日本のファンは選手への敬意を熱く表現したり、「頑張って下さい!」と贈り物をしたり。言語や文化、気質など色んな背景があれど、日本人の思い入れは時に“パワフル”だ。

 そんなパワフルな応援を、文字どおりに力に変えたと明かし、母国で世界一に輝いたのが、レッドブル・エアレーサーの室屋義秀氏。「空のF1」と呼ばれるエアレースは、欧米で人気が高く、選手も欧米出身がほとんど。

advertisement

 そんな“アウェイ”な最高峰スカイスポーツで、室屋氏は日本人どころかアジア人として初の選手に選ばれ、昨年6月には2度目の開催となった母国レースの千葉大会で悲願の初優勝を遂げた。

『翼のある人生』(室屋義秀/ミライカナイブックス)

 室屋氏の自叙伝『翼のある人生』(室屋義秀/ミライカナイブックス)は、初優勝を遂げた記念日に出版されたが、なんと室屋氏は今年も千葉大会で優勝(!)。プレッシャーがかかる母国開催での連覇は容易ではなく、エアレース史上でも2人目の快挙だという。

 同レースでの勝ち上がり方は1000分の7秒という僅差やペナルティ審査のどんでん返しなど奇跡的(!)だった。誰よりも熱い声援を受けた室屋氏は「応援の力が働いたんだと思います」と強調した。

 こういう場合、“持ってる”と言うのかもしれないが、思えば“持ってる”選手というのは、大抵とてつもない努力を重ねているもの。室屋氏も、例外ではなかった。波瀾万丈の自叙伝の裏話など伺った。

■スタートは借金3000万円。「(本を)人生一度ぐらいつくるなら今かなと」

 現在44歳の室屋氏がエアレースに参加したのは、2009年シーズンから。レッドブルのスポンサードを得たのも、ほんの10年ほど前のことだ。それまでは、30歳を目前に3000万円の借金を背負って練習機を購入することに始まり、幾多の資金難と立ち行かなくなるようなピンチの連続。自叙伝ながらハラハラしながら一気に読んでしまった。

 だが“物語の主人公”である当の室屋氏は、自叙伝の壮絶ドラマを想像するのが難しいほど、どこか達観した雰囲気を漂わせていた。本書を書くに至った経緯も飄々と語る。

室屋氏 「(本を)つくりませんかっていう話がだいぶ前にあったんですけど、そんな時間も(つくれるかどうか)…。それに本も、文章も書いたことないしって、やんわり断っていたんですよ。でもエアレースで日本戦(千葉大会)が開催されるようになって、人生1回ぐらいつくるなら今かなって。じゃあっていうことで、つくることになったんです」

■ずば抜けたやり抜く力。「だいたい3年でみんな消えていく」


 幼い頃から空を飛ぶことに憧れて「操縦技術世界一」を目指した室屋氏。エアレースに参戦するまでは、究極の操縦技術が詰まった曲技飛行のエアロバティックスでテクニックを磨き続け、数多くのエアショーで腕を披露した。

 欧米ですらプロで食べていける人が一握りというスカイスポーツの世界で、「ごく普通の人間」だった室屋氏は、日本で試行錯誤しながら道を切り拓く。資金難やトラブルのみならず、世界のライバルとの差に愕然としたことも1度や2度ではない。支えてくれたパートナーとしばし絶縁状態になるような露骨な話も明かされている。そこまでして努力を続けられた原動力は何だったのか。

室屋氏「やっぱり(飛ぶことが)好きだったからなんでしょうね。確かに、僕はしつこいかもしれないです。(スカイスポーツが身近な欧米のライバルたちも)だいたい3年でみんな消えていった。会社員がやめるのもそうですよね」

 とどこか俯瞰した眼差しで語る。

 同書の最後に「3」をキーワードにした室屋氏の経験則があるので紹介したい。はじめの《3分》とは、室屋氏が25年間の努力を重ねたうち、割り出すと毎日平均で3分ぐらいは「ものすごく頑張った」と計算して。毎日ずっと(何時間も)できたわけではないと言う。

《3分》
毎日継続する時間

《3日》
三日坊主という言葉があるように、本当にやるのかやらないのかの分かれ道。興味がなければここで終わる。

《3週間》
少し変化が表れるタイミング。ダイエットや筋トレなどが分かりやすいが、変化の兆しが見えてくる。それが見えてくるまでがとても苦しい時間だ。

《3カ月》
物事が習慣化されるタイミング。多大なエネルギーを使いながら継続していたものが、自然な習慣となり、継続が普通になってくる。

《3年》
はじめは真剣に取り組んだところでたいした成果は見えないが、ふとした瞬間に成果が目の前に表れ始める。ここで大きな壁を突破すると、乗り越えるコツが掴めて成長のスピードが速くなる。逆に努力をせず、成果が見えないことを自分以外のせいにしていると、存在しない理想ばかりを求めてしまう。一般のサラリーマンで言えば、転職ばかりを繰り返すパターンというところだろうか。

《30年》
これだけ続けていれば、誰も想像できないような奇跡が起こるのかもしれない。

■「私、どうしたらいいでしょうか?」相談が相次ぐように


 スポーツ選手の自叙伝を超えた波瀾万丈ストーリーと、そこから得た室屋氏の“悟り”とも言える考え方が詰まった同書。出版して以来、エアレースや自分のことを知ってもらえるようになったりしただけでなく、メディアからの質問がより深くなったりと、予想外の効果を実感しているという。

 なかでも興味深かったのは、その他にも色んな人から相談(?)のような話を持ちかけられるようになったこと。

室屋氏「飛行機と直接関係ないんですが、例えば『私はどうしたらいいんでしょうか』『自分は好きなことをやってる人生なんですけど……』『人生の目標、夢を叶えるってのは何なんですか?』と聞かれたりして。僕はそんなことを語るような立場じゃないんだけれども、そういう感じの話が増えた気がします。僕がなんか相談に乗るような話で、気づくと『あれっ』みたいな」

 と苦笑いする。

 日本が誇る“サムライ”は、みんなから「室屋さん」と慕われてやまない人柄の持ち主でもある。ファンやメディアまでもが、かつてないほど盛り上がっているエアレースで、母国連覇を果たした室屋氏は、今季は千葉大会の前にあったサンディエゴ大会でも優勝を遂げ、今季すでに2連勝中だ。

 この千葉大会で総合ポイントを首位タイにつけた室屋氏は、7月1日・2日に開催されたブダペスト大会で3位を獲得。これで総合順位は単独1位に躍り出た。室屋氏にとって、シーズン総合優勝は最大目標だ。波瀾万丈を経て、今や「世界一」を走り続ける「空ゆくサムライ」のさらなる快進撃から目が離せない。

取材・文=松山ようこ 写真=小池義弘