人生には、きっと特別な1枚がある――Tシャツに染みついた思い出を持ち主が語る『捨てられないTシャツ』

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公開日:2017/8/11

『捨てられないTシャツ』(都築響一:編/筑摩書房)

 とくにオシャレなデザインでもなければ、高価なブランドものでもない。一見すればただのボロだけど、その持ち主にとっては、大切な思い出が染みついた、特別な1枚……。そんなTシャツを紹介する『捨てられないTシャツ』(都築響一:編/筑摩書房)は、総勢70枚のTシャツの持ち主が、それにまつわる思い出を綴った“Tシャツエッセイ本”。

 本書に登場する、まさに涙あり笑いあり、山あり谷ありのエピソードを読めば、まるでそのTシャツが、その持ち主の人生を体現するもののように思えてくるはず。Tシャツの持ち主のなかには、かなり有名なあの人では? と思わせるものも。全員、あくまで匿名なので、あれこれ憶測するのも楽しい。今回は、そのほんの一部を紹介します。

血を流し、互いの健闘を讃え合ったTシャツ

●ジョーイ・ラモーン
◎42歳女性
◎バー経営
◎神奈川県出身

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 ライブハウスに通い詰めた高校生時代に、アメリカのパンク・ロックバンド、ラモーンズのライブに参加したという、このTシャツの持ち主。ライブ中、あまりにテンションが上ってしまい、モッシュとダイブを連発。前の客が着ていたライダースの鋲にアゴを直撃し、流血沙汰に……。

しかし本人はどうかしていたので、まったく痛みを感じず、気づかないまま着地失敗……と思いながら起き上がり、ステージのジョーイ・ラモーンを見上げたら、ジョーイが真っ青な顔に。(略)ステージからジョーイが手を伸ばしてくれ、その手を掴んでステージに上がり、他のメンバーに頭下げながらソデに引っ込んで、待機していた救急車に乗車。

 運び込まれた病院で5針を縫った持ち主は、その後全速力でライブ会場へ戻り、果敢に最前列へ。

ジョーイが肩車されてる私を指さした。「ここにパンクベイビーがいる。エキサイトし過ぎて運ばれちゃったパンクベイビー。ベイビーがいない時にやった「rock ‘n’ roll radio」をもう一度やってもいいかい?」とMC。会場大盛り上がり。当然私も大盛り上がり。

 次の瞬間、ジョーイは着ていたTシャツを脱ぎ、持ち主に差し出した。持ち主もそれに応え、血のついたTシャツを脱いでブラ1枚になり、互いの健闘を讃え合うかのように、Tシャツを交換したという。

タンスの奥からこのTシャツが出てくる度に、あのときの自分や、いまもジョーイに恥じないパンクスでいるかどうかを省みる。アゴの傷も、まだ残ってる。私にはなんにもないけれど、この傷とこのTシャツがあるから、ずっと最高だと言い切れる。ほんとに捨てられないTシャツ。

パイオツカイデーな彼女の性春のTシャツ

●目黒寄生虫館
◎28歳女性
◎ミュージシャン/スナックホステス
◎兵庫県出身

 中学校でフォークソングクラブに入ったことをきっかけに、以降「the malicious cats(悪戯な子猫たち)」「かたすかし」「例のK」など、さまざまなバンドを組んできたという、このTシャツの持ち主。

何かで見た『東京ラブストーリー』をきっかけに、昔のトレンディドラマがすごく好きになって、時間もあったので「金妻」をはじめ、あらゆるドラマを見まくる。そこで自分は昭和歌謡とか、トレンディドラマの世界がすごく好きなんだと自覚するようになった。

 その後、バブル時代が好きという趣味と、顔が派手という点が共通する女の子と出会い、現在は「ベッド・イン」というユニットで活躍している彼女。

10年ほど前、大学のときに入っていた音楽サークルに、付き合ってはいないのに毎週デートしている男の子がいた。彼と行った目黒の寄生虫館で、単純に可愛いなと思って買ったのがこのTシャツ。けっこうお気に入りで、大学のサークルでも、よく着てライブしていた。

それからずっと、なぜか捨てられないし、久し振りに見つけたらやっぱり着たくなって、このあいだライブの練習に着ていったら、古い友人に「それ本当に昔から着てるよね」と言われた。ちなみに、その彼とはクリーンな関係だった。

 彼女の大学時代の青春(性春?)をうかがい知れる1枚が、このサナダムシTシャツ。

好むと好まざるとにかかわらず捨てられない、あの小説家のTシャツ

●ホノルルマラソン
◎68歳男性
◎小説家
◎京都府出身

 小説家でありながら、フルマラソンを完走するひとりのランナーでもある、このTシャツの持ち主。

もう34年間、一度も着たことがない。でも棄てられない。どうしてかというと、これは僕が生まれて初めて走った、記念すべきフル・マラソン・レースだから。

 1983年のホノルルマラソン完走者記念Tシャツです。好むと好まざるとにかかわらず、何かの記念品というものは、なかなか捨てられないのです。やれやれ。と書くとこの小説家が誰なのか想像つくだろう。

最近のホノルルの完走Tシャツはずいぶんスマートになった。34年前のTシャツを引っ張り出して眺めると、「昔は純朴だったなあ」と懐かしく思う。でもだから着るかというと、着ないけど

 紹介されている70枚のTシャツは、色あせてしまっていたり、襟元がヨレヨレになっていたり……。むしろ、ちょっとダサいTシャツにこそ、持ち主の汗や涙、人生までもが凝縮されているのかもしれません。捨てられない思い出のTシャツ、あなたにも1枚、ありませんか?

文=森江利子(清談社)