誰かに復讐をしたくなってしまったら…。読むクスリ、あります! 心も体も元気になれる1冊を見つけよう

文芸・カルチャー

2017/8/19

『文学効能事典あなたの悩みに効く小説』(エラ・バーサド、スーザン・エルダキン :著、金原瑞人、石田文子:訳/フィルムアート社)

 人生のある一瞬に1冊の本がピタリとハマることがある。進路に迷ったとき自分の選択に勇気を与えてくれた1冊だとか、あるいは思春期のこじれた時期に読んだ結果ますますこじらせを悪化させた(!)1冊だとか。

 もしそこまで劇的な出会いがなかったとしてもだ。風邪で寝込んでいるときに夢中で読んだ小説や、旅先で読んだ文庫本などが印象深く、忘れがたいと感じている人もいるだろう。

 それが良い思い出であれ、忘れたい黒歴史であれ、読書体験は私たちの人生に彩りを添え、ときに大きな変革をもたらす。あなたが読書に対してこうした得難い経験を持っているのなら、本書のコンセプトにきっと賛成してもらえるに違いない。

『文学効能事典あなたの悩みに効く小説』(エラ・バーサド、スーザン・エルダキン :著、金原瑞人、石田文子:訳/フィルムアート社)は、ずばり「読む処方箋」である。日本ではまだ一般的ではないが、欧米では読書療法(ビブリオセラピー)といわれる心理療法が盛んに行われているらしい。読書療法ではその名の通り「本」を使ってクライアントの心の治療を行う。読書体験で得られた気づきから自分の心のあり方を見つめ直し、問題解決につなげていくのがその目的だ。実際イギリスでは精神的な問題を抱えた人に対して、本が薬として処方されるケースもあるという。

 読書療法では一般的に哲学系、心理系といったノンフィクションが使われることが多いようだ。ただ著者の2人によれば、小説も負けず劣らず読書療法に適しているらしい。

読書療法は、ここ数十年間、ノンフィクション系の自己啓発本という形で普及してきた。しかし、文学愛好家は、意識してかどうかは別として、大昔から小説を軟膏のように使って傷を癒してきた。だから元気を回復させたいとか、不安定な感情をなんとかしたいと思うことがあれば、ぜひ小説を手にとってほしい。というのも、小説は読書療法の薬として、もっとも純粋で信用できるうえ、その効能はひじょうに高いからだ。

 経験的にわかっている人もいるかもしれないが、小説のプロットやそこに出てくる登場人物、登場人物の置かれた状況などは私たちの住む現実と時折シンクロする。現実の世界では私たちは自分の肉体、あるいは思い込みなどの制約に縛られて、1つの視点から離れることができない。しかし小説には著者たちの言う通り「読む者を別の存在に移し替え、違う視点から世界をながめさせる力がある」。それによって小説は強力なセラピー効果を発揮するのだ。もちろん読んでいる間気が紛れ、リフレッシュできるという読書本来の効用も見逃せない。

 本書には症状別に、それを解消するのにもっとも適切だと思われるさまざまな「読むクスリ」が紹介されている。ちなみにカバーしている症状・シチュエーションは幅広く、「心が折れてしまったとき」や「恋人と別れたとき」といった比較的深刻度が高いものから、「恋した相手が尼僧でもあきらめきれないとき」など実際に使う機会があるのかどうかわからないものまで、人生のありとあらゆる悩みに対応している(ただし訳者の金原瑞人が訳者あとがきでツッコミを入れているように、「真面目に回答する気があるのか」というような項目・処方箋がチラホラ見受けられることは言い添えておくべきだろう)。

 誰かに復讐をしたくなってしまったら『嵐が丘』のヒースクリフたちがたどる悲惨な運命を思い起こし、復讐の連鎖を事前に食い止めよう。もし無職になってしまったら『ねじまき鳥クロニクル』を読んで村上春樹ワールドの住人になれるかどうか試してみるとよい。

 本書はイギリス人の著者による本であるので、紹介されている処方箋は主に海外作家の作品が中心だ。ただここは訳者の配慮により、日本でも入手可能なものに絞って紹介されている。『朗読者』や『ミレニアム1 ドラゴンタトゥーの女』のような映像化もされたベストセラー小説もあれば、『エマ』や『秘密の花園』、『ロビンソン・クルーソー』といった古典の名作、ミステリやSF、児童書もある。これまで海外文学に縁がなかったという人は本書との出会いを機に海外作家へ目を向けるのもよいだろう。「我は本好き」という人にとっては、まさに必見の1冊ではないだろうか。

文=遠野莉子