「毒母」に支配された女性の生き方がもはや他人事じゃない! 共感必至の英米ベストセラー小説がついに上陸! 

文芸・カルチャー

公開日:2017/12/19

『エレノア・オリファントは今日も元気です』(ゲイル・ハニーマン:著、西山志緒:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 ドラマ『明日の約束』がおもしろい。毒母による支配を描いた井上真央主演の作品で、毎回祈るような想いで観ている。毒母に関する書籍や作品がこの1年ほど多く話題を呼んでいるが、それは日本に限ったことではないらしい。発売後たちまちベストセラーになり、英米で話題沸騰の『エレノア・オリファントは今日も元気です』(ゲイル・ハニーマン:著、西山志緒:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)もまた、毒母による深刻な呪縛を描いた小説である。

 主人公のエレノア・オリファントは少々変わり者の30歳。顔に大きな火傷のあとがあり、毎日、決められたルーティンで生活しないと落ち着かない。社会規律やマナーに厳格にのっとった彼女のコミュニケーション術は、他人と馴染めないことが多い。彼女にとっては自分こそが「普通」で、彼女の礼儀に対し、まっとうな対応をしてくれないまわりのほうが「おかしい」。だがエレノアは、それに対して声高に文句を言うわけではなく、ただひっそり、淡々と、自分だけの日常を生きている。自分は他人を必要とせずとも生きていけると信じて。週に一度、収容された“あの場所”から電話をかけてくる母からの罵声を、ウォッカを飲みながらやり過ごしている。

エレノアほどでなくても「どうしてみんなと自分が思う“普通”が違うんだろう」「なんで他人とうまくやれないのか」と悩んでいる人は少なくないんじゃないだろうか。自分が間違っているとは思えない、信じる正しさを曲げてまで他人に迎合したいとも思えない。それでも他者から下される心ない評価に、自尊心だけはどんどん削られていく。自分を守るために心はますます意固地になって、自意識ばかりが強くなっていく。エレノアの生い立ちはなかなかに強烈で、ラストで明かされる真実は、かわいそうという言葉では追いつかないくらい胸が痛むものだが、彼女が陥っている負の連鎖自体は誰にとっても他人事ではない。

advertisement

 心のどこかで、こんな存在の仕方は間違っていることに気づいていた。だからこそ勇気を出して顔を上げ、その現実に向き合おうとした。どうにかして変わりたかった。わらにもすがる思いだった。どこか別の場所へ行きたかった。そう、未来を夢見ることのできるどこかへ。

 優しさは、連鎖する。嫌われて、冷たくされて、中傷を浴びてまで人に優しくあり続けるのはむずかしい。不思議な縁で同僚のレイモンドと“友達”になって、エレノアは初めて他人とふれあう喜びを知った。それが恋や愛である必要はない。ただ人としてあたりまえの気遣いと優しさを重ねることで、彼女の中には「情」が生まれていく。それはエレノアが欲しくても目をそらしてきたぬくもりだ。だが、他人と関わることで得られるのは幸福ばかりではもちろんない。レイモンドと友情を育むかたわらで出会った運命の人との恋は、不器用な彼女を傷つけ、残酷な現実に直面せざるをえなくなる。それでも彼女は生きていかなくてはならないのだ。エレノア・オリファントという「自分」のままで。ほかの誰にも肩代わりできない自分の人生を。

 エレノアが愛おしいのは、彼女が変わろうとあがき続けているからだ。決して強くはない自分も、変わるための一歩を踏み出せるかもしれない。そんな勇気を与えてくれる一冊である。

文=立花もも