ドラマよりもドラマチック! 私の人生を変えたプロレスの奇跡――『新日学園 内藤哲也物語 1』刊行記念トークイベントレポート(前編)

文芸・カルチャー

更新日:2019/6/2


 新日本プロレス・内藤哲也選手を主人公に据えた『新日学園 内藤哲也物語』。プロレス界の実際の出来事や選手の発言、人間関係を踏まえて〝学園マンガ〟として内藤選手の生き様を描いていく本作を、著者の広く。さんはどのように創作しているのか――。

 その舞台裏に迫るとともに、プロレスが人生にどんな彩を与えてきたかを語り合うトークイベントがゴールデンウイーク最終日に、下北沢B&Bで行われた。

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 ゲストのBase Ball Bear(以下BBB)・堀之内大介さんは、かねてからの新日本プロレスファン。そして広く。さんの著書『プ女子百景』のファンでもあり、本作も「予約して買いました!」と話す。司会はダ・ヴィンチのプロレス特集などでレスラーの取材も多い門倉紫麻さん。登壇者の本気と客席の熱気が混じり合う、熱いイベントをレポートする。

内藤選手、広く。さん、堀之内さんは、2006年デビューの同期!

 テーブルの上には、お二人秘蔵の『週刊プロレス』『ゴング』などの雑誌類や大会パンフレットが並び、プロレスファンの歴史を感じさせる。

 まずは堀之内さんが「このビッグベンビルの地下にある“下北沢CLUB Que”は僕らにとっては“後楽園”的な位置づけのライブハウスなんです。今日はその上にあるここでトークイベントをやれることがうれしいです!」とプロレスファンらしい喜びを語る。

 二人の出会いは2014年イッテンヨン東京ドーム後の「いろんな業界のプロレスファンが集う飲み会」だそう。

「その時からずっと広く。さんが内藤哲也さん推しだったのをすごく覚えています」(堀之内)

「内藤選手への風当りが強い頃でしたよね……その飲み会でも『どこがいいかわからない』と突っ込まれました(笑)」(広く。)

 司会の門倉さんが「すごい偶然なのですが……内藤選手のレスラーデビュー、広く。さんのマンガ家デビュー、BBBのメジャーデビュー、すべて同じ2006年で。お三方は同期なんですよね」と話すと、会場からは「おお!」と声が上がる。

 マンガ家デビュー作『拝啓 西村修様』の画像を見ながら「いやあひどいですね」と照れる広く。さんに「題材が、だいぶ偏ってますよね(笑)」と堀之内さん。

「学生服でプロレスをやっているというのは、今につながりますね」(広く。)。

 堀之内さんは自身のデビュー当時について「正直、当時は自分のことで頭がいっぱいで、全然プロレスを観に行けなかったんですよ。テレビとか雑誌で追うくらいで。その頃の行きたかった気持ちが今に返ってきていて、今は行ける時は絶対に行きます!」と笑った。

内藤選手に自分を重ねて、棚橋選手のことを見ていました(堀之内)

 ここから『新日学園 内藤哲也物語』の話へ。

 広く。さんが、作品を描くきっかけとなった2011年10月10日IWGP選手権試合 内藤哲也vs.棚橋弘至戦について「この試合のちょっと前に内藤選手のファンになって」と、その写真に魅せられたという大会パンフレットの写真を見せる。

「相当いい写真ですよ!」と堀之内さん。

「そこから内藤選手のことを掘り下げて調べていったら、まるでマンガの主人公みたいな道を歩いていて。10月10日の試合はすごく意味のある試合だからと思って行ったら、客席がガラガラでショックを受けて……私がこの物語を描き記して知ってもらわねば!みたいな気持ちになったんです」と広く。さん。

 堀之内さんも「僕、思うんですけど……この日の試合がなかったら、今の内藤さんも棚橋さんもないと思う。内藤哲也第一章のはじまりだと思うし、棚橋さんにとっても節目の試合だと思います」と語った。

「10月10日は棚橋選手のデビュー戦の日で……その試合を観て憧れを持った内藤選手が新日本プロレスに入団して、まさにその日に、憧れの人とのタイトルマッチを迎える……夢がありますよね。オタク特有の瞬発力で、1か月で(本作の下地となる前作を)描き上げました(笑)」(広く。)。

 内藤選手への印象を聞かれた堀之内さんが「実は僕……2011年ごろ、内藤さんとお会いする機会があって」とプライベートでのつきあいを語りだす。「内藤選手には、なんとも言えない感情があるんです。僕にも、棚橋選手に対する憧れがあって……」

 広く。さんがすかさず問う。「じゃあ内藤選手目線で棚橋選手を見ていたんですか!」。

「はい。重ねちゃってたんです、内藤選手と自分を。デビューも同じ時期だし、憧れのアイコンがいる中で、自分はどうしていくのかと考えたりしてきた。なので、内藤選手は僕にとってむちゃくちゃリアルな存在なんです。だからこそ、これまであんまり語ってこなかったんですけど……ひけらかしたくないという気持ちもあったりして」

 堀之内さんから、いちプロレスファンとしての矜持を感じさせる言葉が出る。

 広く。さんは内藤選手の印象を訊かれると「スターダスト時代にサイン会に足しげく通っていて。でも選手を目の前にするとパニクってしまうんですよ。それに、あまりにもふだん写真を見すぎているから、目の前にご本人がいても、脳が処理しきれず、現実のものだと認識できない(笑)」。

 堀之内さんも「わかります。CGに見えちゃう(笑)」と応答。

 門倉さんが取材中に感じた「内藤選手のプロレスへのピュアな思い」について話すと、広く。さんは「ピュアなプロレス少年で居続けるのが本当にすごい。心の中で、自分はピュアな思いを失わないでいようと思っているんだと思います」。

 堀之内さんも「お客さんのことを常に考えていて、プロレス全体をずっと好きでいる。それは僕も音楽活動におきかえて、追いたくなるテーマですね。内藤選手はよくプロレス会場の写真を撮ってますけど、僕にも好きなライブ会場ってあるんですよ。会場の入口から写真を撮ったりする(笑)」と話した。

バックステージでの熱い言葉を伝えたい(広く。)

 創作方法について、「セリフに選手のリアルなコメントを使う理由は?」と問われると、「バックステージでの熱い言葉というのは、よっぽどまめにチェックしている人にしか知られていない。それがもったいないと思ったんです。知っていればもっと深くプロレスが楽しめるのに……と。なので本人の言葉そのものを伝えたいと思いました」と広く。さん。

 それを受けて堀之内さんは「新しいですよね。ヒーローマンガ、少年マンガとしても読めるというものは、今までになかった」と語る。

 広く。さんは「学園マンガにしている時点で“茶化している”と受け取られても仕方がないので、せめてご本人が言った言葉をちゃんと反映させて物語を作ることが、自分が示せる誠意かなと思っています」とも語った。

 実際どのような工程を経て描いているかを、現実のプロレス界でもホットな話題である内藤哲也選手と飯伏幸太選手のライバル関係が描かれているシーンを例に探っていく。

「ちなみに……」と内藤選手と飯伏選手の関係性についてどう思うかを訊かれた堀之内さんは、「特別だと思いますよ、お互いに。……この話は長くなるので、あとでまた言います…!」とニヤリ。

 元になった雑誌のインタビュー記事とマンガのシーンの比較のあと、選手の試合後コメントなどをびっしりとメモしたスケッチブックが画面に写ると、堀之内さんも会場のお客さんも「すごい…!」と驚きの声を上げるが、それをさらに選手ごとに色分けし、メモし直した大量の付箋が映ると、堀之内さんから「めちゃめちゃこまかい!」とさらなる驚きの声が。

 付箋を貼り替えながら1話分の話を作る、という創作方法が明かされた。ここからマンガのセリフへと手直しをして、シナリオのようなものを作り、ネーム(絵コンテ)へと進めていく。何段階もの手順を踏んで物語ができあがっていくことがよくわかる。

 内藤選手が巻末インタビューで好きなシーンとして挙げたページが映ると「ああ……」と、広く。さん、堀之内さんの声にせつなさがにじむ。

 内藤選手が好きなシーンとして、あげた上記のカット。
 この2人の会話のやりとりのネタ元は、当時のツイッターだった。

 2013年の実際のツイートが画面に映し出される。「マンガを描いた時点ではこのツイートは見つけられなかったんですが、今回探していただいて。こうして見てみると、想像よりもしっかり語っていましたね」(広く。さん)

 堀之内さんが好きなシーンとして挙げたのは、17話「ドーム大会のメインをファン投票で決めたシーン」。

「学園マンガだから、ファン投票をこういう感じで(シールを貼っていく形で)描くって……(会場に向かって)想像できます? 僕、生徒会をやっていたので、これはリアルです(笑)。すごく重くていいシーンでした。でも、さっきも言いましたけど、こういう経験もしておいたほうが、今につながるって勝手に思っちゃうんですよ。二度とないダブルメインですからね。それがあるのとないのとじゃ、その後が変わってくるから」と話す堀之内さんに、広く。さんも「やろうと思ってもできる経験じゃないですからね」と答えた。

 内藤選手がつらいシーンは広く。さんも描いていてつらい?と問われると「絵にしてみると追体験できるというか。これはつらいだろうなということがよりわかります。でも……かわいい泣き顔だなあと思ったりもします」と話し、会場の笑いを誘った。

後編につづく

後編のレポートはこちら

登壇者プロフィール

広く。
ひろく●マンガ家&イラストレーター。鳥取県生まれ。2004年、マンガ家デビュー。2014年、イラストプロレス技図鑑『プ女子百景』を刊行して話題に。2018年6月よりWEBサイト『ダ・ヴィンチニュース』で『HIGHER AND HIGHER! 新日学園物語』の連載をスタート。新日本プロレススマホサイトの待ち受けイラストや『有田と週刊プロレスと』(Amazonプライム)オープニングのイラストも担当。

堀之内大介
ほりのうちだいすけ●ロックバンドBase Ball Bearのドラマー。1985年生まれ、東京都出身。2002年、Base Ball Bearを結成。2006年にメジャーデビュー。2019年1月に、自主レーベルDrum Gorilla Park Records(DGP RECORDS)から新作『ポラリス』をリリース。2019年1月『棚橋弘至 SOLO JAPAN TOUR 2019』に出演、棚橋選手のエアギターとセッション。9月15日からツアーがスタート。

門倉紫麻
かどくら・しま●ライター。1970年、神奈川県生まれ。Amazon.co.jpエディターを経て、2003年よりフリーライターに。マンガ、プロレスに関する記事をメインに活動。2015~2017年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員。2017~2018年度日本マンガ家協会賞選考委員。著書に『マンガ脳の鍛えかた』『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『2.5次元のトップランナーたち』など。『新日本プロレス SHO&YOHフォトブック「3K」』ではインタビューを担当。棚橋弘至選手主演映画『パパはわるものチャンピオン』パンフレットにコラムを寄稿。