「揚げ足をとる人々」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 電子ナビスペシャル鼎談

ピックアップ

更新日:2013/8/13

揚げ足予防が生んだ
言葉のいびつさ

橋口 内田先生は、揚げ足をとられないように書こうとか思う瞬間ってあるんですか?

内田 僕は学会というところに長くいたんだけど、学者って揚げ足とるのが得意という人がけっこう多いわけ。言えばそう言えるかもしれないけど、そんなこと言っても全然生産的じゃないでしょってことをうじうじ言うんだよ。学会は同業者の団体なんだから、どうやって研究者たちを激励し支援して、職能集団全体として高いパフォーマンスを果たすかが目的なはずなのに、廊下で聞こえるのは人の悪口ばかりだからね。

advertisement

名越 あっ、ちょっとだけ言っていいですか! 学者には「お父さんより僕が偉いよ」っていう内的心理を無意識に抱えている人けっこう多いんです。だから、その部分が出てきて人の揚げ足をとるんです。これはもう僕の完全な偏見だと思われるかもしれないんだけど、その偏見を僕は信じてるんですよ。

内田 お父さんより偉いとどうして揚げ足をとるの?

名越 ようするに父親的なものに対する抑圧的な怒りを処理しきれてないまま偉くなっちゃったっていうか。

橋口 さっき話に出た、親の言葉に毒が含まれてるかもしれないと思って、言葉の飲み下しができないまま偉くなっちゃったっていうことですか? それは男女関係なく?

名越 うん。ていう感じはする。

内田 フェミニストは揚げ足とりだよね。徹底的に来るよ。

名越 それって、フェミニストがする男性的抗議ですよね。

内田 「今のあなたのセクシスト的発言で私は傷ついた」って言われて「どこがですか?」って訊くと、もう全部そうなわけですよ。だって、男がふだんふつうにしゃべる言葉そのもののうちに差別性や攻撃性があるんだから。「男性中心社会に生きる男たちのすべての無意識的ふるまいは本質的女性差別的である」なんて言われちゃうと、反論のしようもないでしょ。僕がその人を現にたいへんに不愉快にさせているという事実は否定しようがないわけだから。でも、その人たちは「耐えがたい不快感」を自分の正しさの根拠としたせいで、結果的には365日24時間ずっと不快な顔をしていないといけないことになる。それって、なんか不幸だよね。

名越 あなたが今使っている言語は男性的抗議を秘めてるんじゃないですかって言うと「その言語を作ったのは男だ」ってなるんですよね。

橋口 えーっ、そこまでいく!

内田 そうだよ。フェミニストとポストコロニアリズムの時代から後、お互いに他人の言葉のわずかな言葉尻をとらえて、差別的だ権力的だと揚げ足をとり合ったせいで、みんなどうやって揚げ足をとられないで喋るかばかり気にするようになったんだ。

橋口 ほんと、そこ考えちゃいます。怖いから。

内田 この20年間ぐらいの日本のアカデミックな文章がひどくいびつなものになったのは、そのせいだと思うよ。

名越 その代表は「マニュアル」ですよね。マニュアルは揚げ足をとられないように、落ち度がないようにただ作って、誰も読まなくなったっていう。あれがひとつのすごく象徴的な表れで、そうすると今度は飲み下す言葉の衰退っていうのが起こると思うんですよ。