64歳・梅農園経営の女性がラップバトルに登場!? 全“おかん”も全“娘・息子”も涙する! ファミリー・ラップバトル(!?)小説『レペゼン母』

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/30

レペゼン母
レペゼン母』(宇野碧/講談社)

 低音ばかり目立つ抑揚のない旋律、独特の節回しのついた歌詞、そして、それを愛好する人たちの、そこはかとなくコワい出立ち。ヒップホップが好きな人は、なにを考えているのかわからない。ラップなんて、自分の人生からは遠いところにあるものだ――『レペゼン母』(宇野碧/講談社)を読むまでのわたしは、そんなふうに思っていた。本書の主人公・深見明子も、似たようなことを考えていたのではなかろうか。しかし、その先入観は、本書によって鮮やかにひっくり返されることになる。

 明子は、亡き夫が遺した梅農園を切り回しつつ、一人息子の雄大を育て上げた64歳。だが雄大は素行が悪く、口数が多くなるのは人前だけで、明子とふたりきりになるとろくに返事もしない。2度の離婚歴がある上に、現在明子とともに暮らす3人目の妻は、結婚当時まだ19歳。若い子をたぶらかして、と当時の明子は呆れ返ったが、心機一転、実家に帰って梅農園を継ぐために頑張りたいと言う雄大に押し切られて彼らを迎えた。それなのに、雄大はまたその妻を放って出奔し、35歳の今になっても、借金の連帯保証人である明子に督促状で無事を知らせてくる始末だ。

 ヒップホップをきっかけに雄大と知り合ったという義理の娘・沙羅は、農園や明子のためによく働く。若い彼女を不憫に思い、明子が「不出来な息子とは離婚して、好きなように生きたらどうか」と提案することもあったが、沙羅は、泣きながら「ここにいたい」と訴える。その反応にうろたえた明子は、必死で沙羅を落ち着かせ、「ほんまの母親みたいに」関わり合いたい、迷惑をかけてほしいと本音を伝える。すると沙羅は、「それならお願いがある」と言った――「一緒にサイファー(注:数人で順番にラップをし合う練習)をやってほしい」。ラップバトルに出るという夢を持つ沙羅は、そのために練習相手が欲しいというのだ。

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 無茶振りだ、と明子は思う。だが、生来のおしゃべりに加えて、梅農園で鍛えられた声の大きさ、日本舞踊や俳句を習ったおかげかリズム感も兼ね備える明子にとって、ラップは案外身体に馴染んで楽しかった。そんなある日、明子は偶然、雄大がラップバトルの大会に出場することを知る。町でも指折りのダメ息子は、昔からなにを考えているのかわからなかった。きっとこれは、そんな息子と言葉を交わす、人生で最後のチャンスだ。なんとしてでも息子を、母親である自分と、本気で向き合わざるをえない場所に引っ張り出してやる。明子はついにマイクを握り、ステージに立つ決意をするのだが……。

 ヒップホップシーンでよく聞く「レペゼン」とは、represent、“なにかの代表、自分が背負うもの”を意味する言葉だ。“母”という役割を背負ってきた明子は、ラップをきっかけに、今まで目を向けることもなかった“母”としての自分の過去を、これまでとは違った視点で見直すことになる。もしかして、雄大がダメ息子に育った一因は、自分にあるのではないか。「なにを考えているかわからない」のは、語り合う機会を持とうとしなかったからではないか。後悔と、現在の雄大への疑問が浮かんでは消え、ついに母子はステージで否が応でも向き合うことになる。ラップという“共通言語”を手に入れた母子は、言いたいことを言い合うことができるのか、わかり合うことができるのか――。

 家族はもちろん、向き合うべきものを持つすべての人に勇気をくれる、ファミリーラップバトル小説。第16回小説現代長編新人賞受賞作のフロウとバイブスを、ぜひ感じてみてほしい。

▼『レペゼン母』の詳細はこちら
https://tree-novel.com/works/7508848fa2e83ace0f6fae934051be55.html

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