永遠に朽ちることのない少女の遺体に惑わされた者たちの、愛と悲劇の物語『花は愛しき死者たちのために』

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/23

花は愛しき死者たちのために
花は愛しき死者たちのために』(柳井はづき/集英社オレンジ文庫)

 これまでに数々の人気作家と、ヒット作を世に送りだしてきた伝統ある新人賞から、妖しくも甘美な物語が生まれ落ちた。2021年ノベル大賞準大賞を受賞した、柳井はづき氏のデビュー作『花は愛しき死者たちのために』(集英社オレンジ文庫)は、エリスという永遠に朽ちることのない少女の遺体をめぐる、ゴシックファンタジーである。

 硝子の棺の中に夢見るように横たわる、亜麻色の髪の乙女。その胸に抱く銀の短剣には、「エリス 罪深き者よ、安らかに眠れ」と刻まれている。決して腐敗することのない遺体エリスは、棺の運び手である黒装束の男によって運ばれ、時代も国も超えて姿を現す。美しき死体に魅入られた者たちに、束の間の恍惚と、破滅をもたらしながら……。

 人々の心を惑わせる遺体が生み出す悲劇の数々を、耽美なタッチで描いた『花は愛しき死者たちのために』。少女の死体をメインモチーフに据えるという、大胆な設定を取り入れた本作は、仄暗い禁忌の香りを纏いながらも、硝子細工のように硬質で透明な世界が展開されていく。

advertisement

 以下、4編の連作短編を見ていきたい。表題作「花は愛しき死者たちのために」は、教会の墓守として働く青年ヨゼの物語。墓場で拾われた孤児のヨゼにとって、死者とは家族のように身近な存在で、彼は日々墓標に話しかけながら暮らしている。ある時、神父が素性不明の少女の遺体を預かることになり、納骨堂に硝子の棺が運び込まれた。棺の中で眠るエリスに魅せられたヨゼは、彼女に供える花を買うため、足しげく町へ出かけるようになる。孤独な青年と、美しい死者の出会いが招く悲劇。危うくも蠱惑的な死の気配が漂う、本書のエッセンスを凝縮した一編だ。

 続く「黒衣は躍る」の主人公は、成金貴族の息子セドリック。上流階級の人々から見下され、社交界で肩身の狭い思いをしているセドリックは、本物の貴族であるアッシュフォード伯爵に声をかけられ、彼が主催する秘密の集いに招待された。森の中の廃修道院でエリスを見せられたセドリックは、彼女に生命を与えたいと願い、禁断の扉を開いていくのだが……。選ばれし者に憧れた男の悲哀と執着が描かれる。

「五月の薔薇たち」は、唯一の女性主人公もの。香水が名産の村で暮らすドロテと、香水会社の令嬢フランシーヌは、身分違いの友情を築いている。ドロテはフランシーヌの気高さや芯の強さを愛しながらも、彼女の恵まれた境遇や美貌に内心嫉妬を感じていた。フランシーヌから婚約を告げられたドロテは、自分たちがいつまでも無垢な少女ではいられないことを思い知らされる。そんな彼女の前に、エリスという「永遠」が現れて……。他の短編が救いのない悲劇で終わるなか、本作の結末にはかすかな希望の残り香が漂う。

 最後の「青い瞳の肖像」は、売れない画家ギルベルトと、棺の運び手である男カロンの物語。酒場でギルベルトに声をかけられたカロンは、彼の絵のモデルになることを承知する。絵を描き終えたら、とあるものを預かってもらうことを引き換えに……。本作最大の謎ともいえる、カロンの資格と継承に光を当てた、印象的な一編だ。

 強い美意識に裏打ちされた物語は、ライト文芸読者のみならず、幻想文学や耽美小説ファンにも響くポテンシャルを秘めている。作者がこれからどんな物語を紡いでいくのか、今後にも期待したい。

文=嵯峨景子

あわせて読みたい