ニートや半グレの桃太郎も!? サービス精神がエスカレートした“ひどい民話”を、京極夏彦らが語る

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/28

ひどい民話を語る会
ひどい民話を語る会』(金丸祐基/KADOKAWA)

 話が面白い人は魅力的だ。才能なのだろう。内容は大したことがないのに、その人が話すだけで、なぜだか聞き入ってしまう。

 面白い話をして、人を楽しませたい。それは、どうやら古来、人々の欲望だったようだ。“ひどい民話”を京極夏彦氏、多田克己氏、村上健司氏、黒史郎氏らが座談形式で語る『ひどい民話を語る会』(KADOKAWA)によると、その昔……「ネットもゲームもテレビもラジオも漫画本も小説本もなーんにもなかった時代」のエンターテインメントの本流は「話」。面白い話は受け継がれ、広がり、磨かれて、文学や口承文芸となった。そして、“爺ちゃん婆ちゃんの適当な話”は民俗学者に採集・分類された。

 民話の中には昔話が含まれ、本書によれば、昔話の構成要素は置換できるため、類話が豊富に生まれた。爺ちゃん婆ちゃんは、語って聞かせる子どもを喜ばせるため、時にはサービス精神がエスカレートし、“ひどい民話”が次々生まれてきた、という。

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 例えば、昔話の代表格である「桃太郎」には数多くの類話があるそうだが、中にはサービス精神がヒートアップしたのであろう“ひどい話”がある。京極氏が「桃太郎」のバリエーションの中で「一番ダメだよな」として挙げる九州地方の「ボボ太郎」は、桃は川を流れておらず、お婆さんにあたる臨月が近い登場人物が、川近くの岩をまたいだときに産み落とされる、というもの。それを見たお爺さんが、「あぁ、そったらボボ太郎って名前でいいべ」。ちなみに、ボボは九州地方の言葉だという。この話に、村上氏は「そんなこといったら人類みんなボボ太郎」「哺乳類もボボ太郎」「母から生まれた母太郎」と盛大にツッコむ。

 爺ちゃんや婆ちゃんが“盛った”と思われる桃太郎の類話についての語りは続く。結構あるという「鬼を退治しないバージョン」では、鬼ヶ島に行かないし、鬼も現れない。例えば、民話の分類で山行き型「桃太郎」の中に見られるのは、次のような話。友達が、「桃太郎、お前力持ちなんだから山へ行って働けよ」と言うと、桃太郎は「いや今日は草履がねえ」「今日はマサカリがねえ」など、理由をつけて行かない。この問答が面白いそうだ。東北地方で語られる桃太郎は、便所の屋根から始まるのが特徴だそうだ。お爺さんが便所の屋根にのぼって屋根を葺いていると、暑くなってきて服を脱ぐ。それが便所の中にドボンと入り、お婆さんが川へ洗濯に行く、という流れだ。この他にも、ひどい民話の中には鬼に負ける桃太郎、ニートの桃太郎、半グレの桃太郎などが登場するらしい。

 この他、本書ではさまざまな民話について語られており、内容もさることながら、語りも面白い。

 本書の巻末で京極氏は、民話には「民衆の想いや喜怒哀楽が鏤められています」「どれだけ下品であろうとも、くだらなくあろうとも、アンモラルであろうとも、聞き捨てることはできません。語られた以上、それは“民衆の作品”です」と書いている。

 面白い話をして聞き手を喜ばせたい、という古来の人々の欲望が、時代を越えて私たちを楽しませてくれるはずだ。

文=ルートつつみ (@root223

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