なぜわたしたちはドキュメンタリー作品に引き込まれるのか? 未知のリアルを伝えるその「引力」に迫る

社会

公開日:2023/1/11

ドキュメンタリーの舞台裏
ドキュメンタリーの舞台裏』(大島新/文藝春秋)

 深夜に何気なくつけたテレビで流れていたドキュメンタリー番組についつい引き込まれて終わりまで観てしまった――こんな経験、あなたにもないだろうか。さまざまな社会問題、弱者の目線、逆境にも負けず挑戦し続ける人……ドキュメンタリー番組が示してくれる「社会へのまなざし」は、自分だけでは知りえなかった「現実」の姿を教えてくれる。近年、映画の世界でもすぐれたドキュメンタリー作品にはしっかり観客が集まっているといい、映画というのは劇場にわざわざ足を運ぶ必要があることを考えると、それだけ「自分の知らないリアルな世界を知ろうとする人」が増えているのかもしれない。

 ドキュメンタリー監督の大島新氏が「ドキュメンタリーの魅力をもっと多くの人に知ってほしい」と書き下ろした新刊『ドキュメンタリーの舞台裏』(文藝春秋)は、そんなドキュメンタリー制作の現場の深さと面白さを教えてくれる興味深い一冊だ。元々フジテレビでドキュメンタリー番組を手がけていた大島氏は、1999年に独立。以来、フリーランスの立場(2009年に会社設立)でさまざまな作品を手がけてきた。2020年6月に公開された衆議院議員の小川淳也氏を追ったドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を手がけ、第94回キネマ旬報ベスト・テンでの文化映画ベスト・ワンほかさまざまな賞を受賞し、高い評価を受けたことが記憶に新しい。


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 本書ではまず「ドキュメンタリー制作の実際」として、テレビのドキュメンタリーを題材に具体的な取材のやり方や編集作業、ナレーションなど制作の一連の流れを詳しく紹介してくれる。高画質カメラの低価格化と小型化によって、個人でドキュメンタリーを制作し発表できる時代に入っているとはいえ、やはりプロの現場ではどのように「真剣に」作られているかを知ることができるのは興味深い。「取材対象に世界一詳しくなる」ことを目指してリサーチを重ねること、カメラマンや編集者など客観的な目線の大事さ、最後の関門・プロデューサーとの熱き攻防……大島氏が教えてくれる現場のリアルはかなり生々しい。そして、こうして取材対象に肉薄&深掘りするからこそ、観るつもりのなかった人も引き込む「引力」が生まれるのだと納得することだろう。

 本書ではさらに、大島氏のフジテレビ時代、そしてドキュメンタリーを作り続けるためにフリーランスのディレクターとなり、会社設立、そして映画制作へ――父である偉大な映画監督・大島渚氏への複雑な想いや、ひとりのドキュメンタリー制作者として自分の足で立つことへの強い意志、その矜持と迷いなどを素直に綴りながら、「ドキュメンタリー監督・大島新ができるまで」を振り返る。特に17年にもわたってカメラを回しつづけた『なぜ君は総理大臣になれないのか』と、その続編『香川1区』については1章がさかれており、章そのものがドキュメンタリーを読んでいるかのような面白さだ。

 一般にドキュメンタリー作品を観る場合、ついついテーマとなっている「コト・もの・人」に集中してしまうものだが、当然ながら作品ひとつひとつに「作り出す側(監督やスタッフ)」がいて、描かれる内容にも彼らの「目線」が介在している。本書を読むことで、そんな当たり前の事実をあらためて実感することだろう。なぜこれを撮ったのか、どうやって撮ったのか――そんなテーマへの作り手の肉薄を想像しながらドキュメンタリー作品を観るのも面白そうだ。「自分ならどう捉えるか」を考えることで、テーマを知ることに終わらない、ひとつ先の行動にも結びつくのではないだろうか。

文=荒井理恵

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