“幽霊屋敷”と噂される家で、謎多き美女に出会い引き寄せられてゆく少女――『夜と海』郷本による、“名前はまだない”邂逅の物語

マンガ

公開日:2023/2/23

破滅の恋人
破滅の恋人』(郷本/白泉社)

『夜と海』や『ねこだまり』など、圧倒的な画力で繊細な世界を描いてきた郷本氏が、『楽園』で手がける新連載『破滅の恋人』(白泉社)の単行本第1巻が発売された。コミックアンソロジー『楽園』には、「恋愛欲を刺激する」というコンセプトに沿った恋愛作品が立ち並んでいる。『破滅の恋人』は2021年8月に『楽園』Webでプロローグを発表、優しくも、どこか危うげな雰囲気の漂う世界観で、読む者の心を惹きつけた。

 本作の物語は、“良い子”である主人公のありすが、ある日「女の霊が出る」という噂のある、まちはずれの屋敷に足を踏み入れたところから始まる。同級生が肝試しの小道具に使ったくまのぬいぐるみを屋敷に置いてきてしまい、ありすはそれを自分が取りに行ってあげようと考える。無人ならそのまま取って帰ればいい。人がいたら謝ろう。そう考えて屋敷の扉を開けた彼女は、部屋にホコリを被ったピアノがあることに気づく。

 家にあるピアノよりも綺麗な鍵盤に、思わず手を伸ばすありす。しかしそれは、背後からの突然の呼びかけにより中断された。

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破滅の恋人 p31

 黒髪のラフな格好をした、美しい女性。不法侵入と怒ってもよいような場面だが、彼女はフランクに「寄ってく?」と笑いかける。少し警戒しながらもぬいぐるみを返してもらった彼女は、そのまま屋敷を出て行こうとするが、そこでとある異変に気づくのであった……。

 奇妙な出会いから生まれた2人の関係は、どう名付けるのがよいのだろう。美しい女性のことを「魔女」と捉え、おずおずと近づくありす。スマホを使いこなし、片付けができない、自由気ままな魔女に少しずつほだされていく感じが愛らしい。

破滅の恋人 p70

 また、ありすに憧れる同級生のまりあや、幼少期から魔女と犬猿の仲の元同級生など、2人の周りに登場するキャラクターもとても魅力的だ。ありすや魔女が、その2人と接しているときはお互いに見せ合う顔とはまた少し違う姿を見せるのも良い。ゆっくりといろいろな人が関わり合いながら、2人のキャラクターがどんどん立体的になっていく感じがする。

破滅の恋人 p147

『破滅の恋人』という、なんだか不穏なタイトルは、果たしてどのような物語を呼び起こすのだろうか。第1巻でまだ、何か大きな動きがあるわけではない。それぞれが惹かれ合い、何か物言いたげに相手を見つめるその眼差し。決定的なことが起こるわけではないが、しかし確実に何かが進んでいる、そんな不思議な雰囲気がずっと流れている。

 不思議な世界観が、隅々まで圧倒的な画力で描かれる。登場人物たちの繊細な心情が、さまざまな表情や動きによって息づく。気がつけば、読んでいる自分も幽霊屋敷に足を踏み入れたような、そんなふわふわとした心地になってくる作品だ。

文=園田もなか

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