バスが1日2本の田舎から上京したサブカル好きの日常。“絶対に終電を逃さない女”が東京で生きる姿を描いた初エッセイ

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/2

シティガール未満
シティガール未満』(絶対に終電を逃さない女/柏書房)

シティガール未満』(柏書房)という書名からして秀逸だ。「思い描いた大人になれなかった全てのひとへ」というキャッチコピーも、本書の中身を過不足なく言い表している。そして、これがデビュー作となる著者のニックネームは、“絶対に終電を逃さない女”。 ー夜を共にするために「終電逃しちゃった」という、ベタな口実を使う女性への揶揄が込められている。実にキャッチーで訴求力があるネーミングだ。

 著者は1日にバスが2本しかない田舎で思春期を過ごした。サブカルチャーを愛好しながらも、たまに車で連れて行ってもらうヴィレッジ・ヴァンガードのみが、唯一満足できる空間だったそう。何もない地元が嫌で嫌で仕方ないから、東京の大学に行きたい。東京に行きさえすれば、魔法みたいにすべて解決してくれる、と思っていた。

 だが、そう都合よく大学デビューがうまくいくわけもない。面倒くささや恥ずかしさなどが先に立ち、おしゃれなショップに入るのは、どうしても気が引ける。かといってモデルやインフルエンサーの真似をするのもなんだかダサい。そんな時、コロナウイルスが蔓延し、著者は日常的に死を意識するようになる。変わるなら今しかない、と思ったのだろう。ずっと入ろうとして入れなかったとびきりおしゃれな美容院で、お任せでカットをしてもらう。

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 カット後、上気する著者の思いがエモーショナルに綴られている。彼女は変わった。特に、ファッションについて、現状維持と変化の間で悩んだら、必ず後者を選ぶと決める。「漠然としたコンプレックス」を抱いていたという著者だが、カットを手始めにふっきれたのだろう。活発に活動の幅を広げてゆく様には胸のすく思いだった。

 飲食店や映画館、商店街やマンション、ゲームセンター、ドラッグストアまで、ひとつのトピックに特化したエッセイが全部で25章。だが、ここではあえてファッションについて書き連ねていこう。自意識過剰に見える彼女にとって、どんな服を着るかは切実な問題だったと思うからだ。特に、著者が雑誌『オリーブ』の熱心な読者(=オリーブ少女)だった頃の話に惹きつけられた。

『オリーブ』は1982年に『ポパイ』の妹版として創刊された雑誌。かつての『宝島』がそうだったように、手に取った者のライフスタイルを瞬時に一変させてしまう、魅惑的なメッセージに満ちた誌面が特徴的だった。異国のリセエンヌ(=フランスの女学生)のファッションを特集し、ネオ・アコースティックと呼ばれる音楽やフランス映画を紹介した同誌は、流行を追いかけるのではなく創り出す、そんな役割を果たしていた。

 男性の目線や世間の趨勢に媚びず、自分の着たいものを着よう。流行りものを漠然と身につけるのではなく、安い洋服でも工夫して自分なりのおしゃれをしよう。『オリーブ』はそう訴えた。著者はそんな『オリーブ』に魅せられてゆく。「早稲田のオリーブ少女」というエッセイを読むと、あらためて当時の著者の心境が分かる。

 ただ、いくら『オリーブ』が好きでも、誌面に書かれていることをそのまま真似るのは、オリーブ的な振る舞いではない、というか真逆である。おしゃれの正解やロールモデルがないまま、服装や髪型を自分なりに工夫するのが、オリーブ的精神だからだ。

 東京に来ても、どういったセンスや価値観に適応すべきか悩み、右往左往するばかりだった著者が、周囲の目を気にせずに甲冑を脱ぎ捨てていく過程は、ちょっと感動的である。書名は『シティガール未満』だが、読み終えた時には「未満」が「以上」に変わっている。さなぎが蝶々になるように、著者の大胆な変貌ぶりに快哉を叫びたくなる一冊だ。

文=土佐有明

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