タイパ、コスパの台頭で変わりつつある「教養」の意味。「早さ」が私たちにもたらすものは?

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公開日:2023/3/9

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち
ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(レジー/集英社)

「10分でわかる」「すぐできる」「これだけあればOK」と銘打たれた書籍、記事、サービスなどに触れ、実際に何かしらのメリットを享受できたと感じたことがある方は多いのではないでしょうか。いわゆる「タイパ」「コスパ」を重視したサービスや商品が人気を得ている現代社会で、「てっとり早く済んで、得をしたなぁ」という感情は広く認知されていると思います。

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(レジー/集英社)は、実はそうした感じ方が「新しい感情」であることを冷静に分析しつつ、「早さの渦」に飲み込まれないようにするコツを教えてくれる一冊です。

 1981年生まれで、2004年に一般企業に入社し、現在もパラレルキャリアの一つとして作家業をしている著者のレジー氏は、社会人になった当初を振り返ってみたときに「時代の渦」を感じた現象としてライブドア事件、新自由主義や自己責任という言葉の台頭を挙げています。自由競争が奨励されることによって、成長にも個々人に責任が課されるようになり、スキルアップが最重要課題となり、「意識高い系」というカテゴリーも生まれる中で、ビジネスマンの間には「焦り」が醸成されていきました。それが本書のテーマとなっている「ファスト教養」の土台となっていると指摘しています。

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手っ取り早く何かを知りたい。それによってビジネスシーンのライバルに差をつけたい。そうしないと自分の市場価値が上がらない。成長できない。競争から脱落してしまう……。
今の時代の「教養が大事」論は、そんな身も蓋もない欲求および切実な不安と密接に結び付いている。

 本書の冒頭でも指摘されていることですが、「教養」の定義はかなり曖昧です。本来の意味としては、人生に深みや豊かさをもたらしてくれる物事を指すというイメージはあるかと思います。

 では昨今の風潮として、どのような文脈で「教養」という言葉は使われるのでしょうか。たとえば、「このぐらいの教養ぐらい持っておかなければ、一流の会話にはついていけない」というふうに「話を合わせること」が目的とされているケース。あるいは、「好きか嫌いかは問題ではなく、とりあえず教養としてこの本は読んでおくべきだ」と、興味やモチベーションが起点なのではなく「ちゃんとする」ことに比重があるケースなどが散見されるそうです。

 著者がいち参加者としてオンライン読書会を経験した際、たまたまディスカッションで一緒になった女性のふとした一言から、現代的な意味合いにおける「教養」の負の側面を垣間見たといいます。その女性は、先述した「焦り」を助長するようなプレッシャーに負けて、仕事で心身のバランスを崩した後のタイミングで読書会に参加していました。

そういった話を聞く中で、「ビジネス書はあるべき姿を提示してくれるので、それがプレッシャーになっちゃうときもあると思うんですよね」と(著者が)水を向けると、「それはそうかも。もっと状況が悪い時に読んでいたら、『そうか、自分の頑張りが足りないんだ』と追い詰められていたと思う。もともと『こうあるべき』という気持ちが強すぎて自分の本心がわからなくなってしまったのが体調を崩した原因だったので」と自身の気持ちを説明してくれた。

 では、「タイパ」「コスパ」とうまく付き合い、「早さの渦」に飲み込まれないようにするにはどうすればいいのでしょうか? 少しだけ解決策の一部を紹介すると「好き」をベースに行動することが提案されています。たとえば「繰り返し読む本」「繰り返し観る映画」という存在に出会い、「なぜこの作品が好きなのか」「前回の鑑賞とどんな違いを感じるのか」と、スルメのように作品の味わいを自ら深めていく。そうすると、自分の軸というものができてくる。そういった本来的な意味合いの「教養」が、「早さ」の誘惑を断ち切ってくれるということです。

「成長し続けなければいけない」という焦りから生まれた「ファスト教養」は、もちろん便利なこともあると思いますが、負の側面もあることを、本書があれば心に刻んでおくことができるでしょう。

文=神保慶政

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