『宝石の国』市川春子の幻の読み切り作品『三枝先生』が電子書籍化――“保健室”を舞台にした斬新すぎる愛情表現の数々!

マンガ

公開日:2023/4/18

三枝先生
三枝先生』(市川春子/講談社)

 現実は違うかもしれませんが、学校が舞台の漫画や映画、ドラマにおける“保健室”は、学生たちのオアシスとして登場しがちですよね。そして、そこの主である養護教諭こと保健室の先生は、学生たちを優しく迎える大人の女性。筆者は学生時代、ほとんど保健室に行く機会がなかったので、いまだにそんなイメージと憧れを抱いています。『三枝先生』(市川春子/講談社)は、そんな筆者の保健室妄想をさらに掻き立てる作品でした。

 同作は『月刊アフタヌーン』2011年11月号に掲載された、市川春子先生の読み切り漫画。市川先生が『宝石の国』の連載をスタートする前の作品であり、これまで短編集に収録されていなかった幻の作品が、2022年10月に電子書籍化されて話題を集めました。

 電子書籍のサムネイル画像は、今回の発売に向けて市川先生が描き下ろした一枚。そこに描かれている女性こそ、作品のタイトルにもなっている“三枝先生”です。彼女は、赤い口紅にゆるりと着こなした白衣、タイトスカートに黒いストッキング……と、大人の色香漂うビジュアルで、とある中高一貫校の養護教諭を務めています。彼女の首にある、赤く腫れて膿んだ虫刺されの痕すらもセクシーでした。

advertisement

 いわく、彼女は「まんがにでてくるみたいな保健の先生のほうがみんなうれしいし わかりやすいし 安心してくれるかな」という理由で、自身の好みとは関係なく、絵に描いたような保健室の先生風の服装をしているとか。

 そう話す三枝先生に「それじゃ 自分がなんだかわかんなくなっちゃいません?」と、疑問を投げかけるのは、保健委員長の男子高校生・貝阿弥(かいあみ)くん。彼は中学時代から6年間、三枝先生の校内巡回にお供したり、ケガ人の対応をしたりと、保健委員の仕事に勤しんできました。

 三枝先生と貝阿弥くんが交わす軽妙な会話も、同作の見どころですが、本稿では『三枝先生』で描かれた、独特すぎる愛情表現についてご紹介します。

 その日は、保健委員長の貝阿弥くんにとって最後のお勤めの日。彼は先生にお別れを言うついでに、自分は近所にある附属大学に進学せず、すぐに実家の果樹園を継ぐことを三枝先生に告げました。

 三枝先生は、貝阿弥くんの門出と、保健委員活動の皆勤賞を祝うため、彼をハンバーガーショップに誘います。彼女が、オーダーしたフライドポテトに何ソースをつけて食べるか考えあぐねていると、貝阿弥くんは突如、自分のポテトに先生の首にある“膿”をつけて食べてしまったのです。そして「うん よく合いますね」と、ひと言感想を述べます。

 正直、筆者はそのシーンを見て“ギョッ”としました。たしかに、物語の中で何度か先生の膿に注目を集める描写やセリフがありましたが、まさか食べるための伏線だったとは。そのシーンは大きなコマを使い、見開きで丹念に描かれており、なにかとてつもなくイケナイものを見てしまった気分に陥りました……。

 人によっては嫌悪を感じるマニアックな表現だとは思いますが、彼にとって三枝先生が特別な人であることが、ひしひしと伝わってきます。涼しげなメガネ男子の貝阿弥くんの内に秘めたる“情熱”が垣間見えた瞬間でした。一方、生徒に膿を食べられた三枝先生は「ちょっとお! 雑菌入るでしょー」と、こともなげに反応。大人の女性、すごいですね。

 その後彼は、三枝先生にだけ自分の心の内側を吐露します。絞り出すように話す彼の言葉を聞いた彼女は、貝阿弥くんにとある“魔法”を贈るのでした。全33ページの短い物語ですが、鮮烈な読後感が残る短編作品。官能的で少し切ない『三枝先生』を読めば、あなたも彼女に魅了されること間違いなし?

文=とみたまゆり

あわせて読みたい