ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、小池水音『息』

今月のプラチナ本

公開日:2023/6/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年7月号からの転載になります。

『息』

●あらすじ●

ぜんそく持ちの主人公・環の弟の春彦は十年まえの冬に若くして自ら死を選んだ。彼の喪失は環だけではなく、両親の心にも影を落とし続けている。仕事を辞めた父と、息子との日々を語り続ける母に接しながら、何度となく弟の姿を夢に見る環。そんなある日、彼女のもとに「父が散歩から戻ってこない」という母からの連絡が届き――(表題作)。新潮新人賞受賞の「わからないままで」も同時収録。

こいけ・みずね●1991年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2020年に「わからないままで」で新潮新人賞を受賞。22年発表の「息」が第36回三島由紀夫賞候補に。本作が自身初の単行本となる。

『息』

小池水音
新潮社 2090円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

いのちは呼吸でつながっている

あなたが吸えば、誰かが吐く。世界はそんなふうらしい。喘息に悩まされた姉弟が互いの理解者であったことは想像に難くない。やがて自死を選んだ弟は、姉の夢の中で生きる。イラストレーターの環は、その光景をスケッチする。しかし、「線を一本引くごとに、春彦から遠ざかってゆく」。どうしようもなく胸が締め付けられたシーンだ。形が備わった瞬間、死が口を開ける。そういう意味で、息子の死後やってきた猫に餌付けはしても名付けは避けた環の母に着目して読み返すと、また面白い。

川戸崇央 本誌編集長。好きだから書くのだが、展開を知らずに「息」の冒頭を読み『ノルウェイの森』と似た空気を感じた。ので、途中で納得感と共に衝撃が走った。

 

おとなになっても苦しいままだったら

「おとなになっても苦しいままだったら、どうする?」と弟に尋ねられ、主人公はこう答える。「発作が終わって、息がとおるようになるとさ」「苦しいかんじのこと、もう思い出せなくなるでしょう」「だから、大丈夫」。また息が苦しくなることを彼女はよく知っている。何が大丈夫なのか、自分も納得できないまま言っている。けれど読み進むにつれ、大丈夫だという確信が満ちてくるのは何故だろう。吸って吐いてまた吸って。これでしか生きていけない私たちの、弱さと強さが静かに光る。

西條弓子 引用したい文が多すぎて字数が足りないんじゃ!!「空がきんいろに輝く。地上にあるすべてが金色に輝いて、まもなく暗く沈む」という一文も大好きです。

 

呼吸を通して伝わる、苦しさ

無意識に行っている、息を吸って吐く行為。ぜんそく持ちの主人公は、注意深くこの動作を行っている。弟の死、自らを責める両親、家族の喪失と向き合う主人公の苦しさは、呼吸を通して伝わってくる。「わたしは息をすることをやめた」「父とわたしのふたつの宇宙は、ようやく伸縮を終えられるのだ」自分の息もつまるようで、喉を触れて呼吸を確認してしまう。「がんばってね、勢いよく吸い込んで」その声に安堵し、大きく息をした。そうやって新たな空気を取り込み、前に進んでいく。

久保田朝子 ふるさと納税でさつまいもを頼んだはずが、届いたのは大量の苗。よくよく見ると、返礼品は芋苗でした。思い込みってこわい…とあらためて反省。

 

死と向き合って生きること

主人公と弟・春彦はともにぜんそくだった。「呼吸」という〝生きるための動き〟に支障が出る恐怖。幼い頃に看病しあっていた二人は、この苦しさを分け合う同志だったのではないだろうか。その片割れが亡くなり、10年経ったいま、主人公は一人で息苦しさと向き合う。家族の自殺と遺された人々の苦しみを描き、傷に寄り添った本作。ときどき後ろを振り返りながら綴られる物語が、「息苦しさは抱えたままでいい。それと共に生きていく道もある」と、ゆっくりと示してくれる。

細田真里衣 以前一目惚れして買った服。そろそろ処分するべき状態になったのですが、捨てられません。もう着れないのに、手に取るとときめいてしまう!

 

息苦しさに重なる喪失の痛み

なんて息苦しいのだろう。ぜんそくを抱える環の繊細な描写の数々に、思わず自らの気管支も狭まるような、そんな感覚がしてくる。発作で呼吸困難に陥った過去を振り返り、彼女は思う。「トンネルは出口に向かうとは限らない。道幅が次第に狭まり、天井が低くなっていって、最後にはねじれて途絶えてしまう、そんな隘路がある」。 どちらに引き込まれるかわからない、生と死の間にあるぜんそくの苦しさ。その苦しみに、弟の死という喪失を抱える環の痛みが重なってみえてくる。

前田 萌 冷蔵庫を購入しました。搬入日が楽しみです。これまでは容量の問題で諦めていたお取り寄せ商品も心おきなく注文したいと思います。

 

どうしたって続いていく日常の中で

もし大切な人を失ったとしても、自分の日常は続いていくのだろうか。いつかくるかもしれないその日を想像して胸が苦しくなることがある。作中では主人公の弟・春彦が亡くなった、その後の家族の時間の長さが垣間見える。「母も、父も、わたしも、(中略)十年ものあいだ、ばらばらに苦しんできた」。いつまで続くかわからない苦しみの中で、残されたものたちが生きた日々。にじみ出る喪失感の一方で、それでもここまで生きてきた彼女たちの姿に安らぎをもらったような気がするのだ。

笹渕りり子 食べることでしかストレスを発散できないのは良くない!と思い立ち、水泳を始めました。まずは息継ぎの仕方から習得します。

 

なにが「本心」であるかは 自分が決めること

併録作「わからないままで」は、一つの家族を中心に編まれた連作短編。時を隔てながら、各々の心情が少しずつ語られてゆく。驚くべきは、彼らの背負った「不本意な顛末」が、必ずしも「後悔」にはあたらないこと。生きるという選択の連続の中で、〝なにを選ばなかったか〟に焦点がいきがちだが、選んだ選択肢が後にどう残るのか、その瞬間には「わからないまま」だ。物語で描かれる優しい終わりは、何かを選び取ることの根源的な怖さを和らげ、背中を押してくれるように思えた。

三条 凪 3年ぶりにひどい風邪をひきました。風邪をひくこと自体久しぶり過ぎて身体が戸惑っているような。大人になってからの高熱って身体にこたえますね。

 

不安定な呼吸で自他を想う

夜中にふと自分の呼吸を意識してしまい、眠れなくなることがある。一度考えると、今まで自分がどう息をしていたのか分からなくなるほどに息という行為は脆く感じる。生命を繋ぐ大きな役割に対して、その儚さ。本作でも、そのアンバランスさは家族と亡くなった春彦の姿を通して描かれる。同じく作中で描かれる追悼も、その人の存在が他者の記憶や言葉という見えないものに委ねられるという点ですこし不安定さを感じる。しかしどちらも儚いからこそ一つ一つが美しく、読後涙した。

重松実歩 煩悩を祓うため滝行に行くぞ!と決意したものの、早朝スケジュールに断念。土日くらい惰眠をむさぼりたいという煩悩にそもそも勝てません。

 

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