毒親の葬儀をしたい――“擬似葬儀”の専門会社を訪れる人々の物語『ハピネスエンディング株式会社』【書評】

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/13

ハピネスエンディング株式会社
ハピネスエンディング株式会社』(トイアンナ/小学館)

「模擬葬儀」という言葉をご存じだろうか。「模擬面接」や「模擬裁判」と同じように、自分の葬儀の予行演習のことで、出席者が本番で混乱しないために行われるという。試しにネットで検索すると、そうしたシミュレーションをサポートする会社が実にたくさんある。トイアンナ『ハピネスエンディング株式会社』(小学館)は、そんな模擬葬儀を専門に行う会社を舞台にした小説だ。

 主人公は、模擬葬儀を提供している会社でインターンとして働く、ごく平凡な大学生・智也。彼はバイト募集の掲示板で同社の仕事を見つけるが、その内容から既にして怪しい匂いがぷんぷんする。「人とは少し違う体験を積みたい方は、ぜひご応募ください。(中略)精神的にある程度タフな方が望ましいです」だなんて、不穏極まりないではないか。この時点で早くもフラグは立っている。一筋縄じゃいかないだろうな、と。

 本書で描かれる模擬葬儀は特殊である。依頼人は、自分の人生を狂わせた毒親たちの模擬葬儀を求めて来るのだ。父や母のせいで人生を棒に振った依頼人による、ささやかな復讐、とでもいうべきか。依頼人たちによる独白は、いずれも陰惨で息が詰まる。親からの過干渉、体罰、性的虐待、レイプ……。依頼人の苦しみがダイレクトに伝わってくる事案ばかり。先出のフラグ通り、悪い予感は的中した。

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 依頼人たちのエピソードは、いずれも凄絶のひとこと。例えば、アルコールと薬物に依存する母親に性行為を強要されるが、どうしても拒否できない男性。彼は、母親に黙って犯されるが、彼女の支配欲を満たす唯一の方法はそれしかなかったと言う。自分が母親を見限ったら彼女は死んでしまうからだ。新興宗教にのめり込んだ親に自慰行為を監視されるなんて事案もある。挙げだしたらきりがない。

 そうした依頼主の恨みや傷は、読者たちの想像を超えるもの。目を覆いたくなる瞬間もしばしばで、これは確かに「精神的にある程度タフ」じゃないと務まらないと思う。そんな会社で悪戦苦闘する智也の心の揺らぎも、生々しく描写されている。平和な家庭で愛情を浴びて育った智也は、依頼人の過去を聞いていちいち驚嘆してしまう。

 だが、彼は、一見物騒に思えたこの葬儀社に、毒親との関係で悩む人々を癒す効能があることを知る。また、カウンセリングと称される打ち合わせを経て、毒親たちとの歩みが振りかえられる。対話を通じて、自分の気持ちを整理し、過去の恨み辛みを清算してゆくのだ。

 現実に親を殺すほどの勇気はないし、法的に母や父を裁くことでカタルシスを得たいわけではない。だったら疑似でもいいから、苦痛の根源である親の葬儀で、自分の気持ちをひと区切りしたい。そんな想いが行間から滲み出る。

 依頼人が過去のトラウマを克服して、立ち直ってくれればいい。智也が働く会社の社長・美香はそう思っている。一般の葬儀社と比べて、決して儲けが多い仕事ではないが、彼女の理想と志は高い。いつまでも苦痛に耐えているのではなく、自分は親に反抗してもいい。そう思えるようになる依頼人も多い。そして、智也もまた、依頼人たちの背中を押したうちのひとりである。死んだり殺したりするより前にできることはある。設定のユニークさはもちろん、真摯なメッセージが込められた一冊である。

文=土佐有明

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