体から生える植物で感情が可視化される世界、少年少女のみずみずしい物語をフルカラーで描くマンガ『花は口ほどにモノを言う』

マンガ

公開日:2023/7/8

花は口ほどにモノを言う
花は口ほどにモノを言う』(追本/講談社)

 他人とのコミュニケーションにおいて、人間は想像よりずっと多くの情報を必要とする。口頭の発言や文面を本当に文字通り受け取るケースなんて一握りでしかなく、大抵は相手の口調や声色、そして表情や視線といった多くの情報から総合的に判断を下し、その場その場で最適な打ち返しを行う。考えれば考えるほど非常に高度な応酬を、私たちは日々おそろしいほどのスピードで半ば反射的に行っているのである。

 だがもしこのコミュニケーションの中に、相手の気持ちがより正確に、目に見える形でわかる要素が加わればどうだろう。そんなifの世界で織りなされる日常の物語を、ショートショート形式という軽快な読み応えで描いた作品。それが『花は口ほどにモノを言う』(追本/講談社)だ。

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人の心が可視化された世界

 本作の舞台は、今私たちが生きている現代と変わりない世界。ただしひとつだけ違うところは、この世界に生きる人々には皆何かしらの植物が生えている点にある。生え方や植物・花の種類は千差万別。だが往々にしてこの植物たちは、宿主である人間の感情や性格に呼応するようにその身体に生い茂る。

 嬉しい時は“嬉しさ”を表す草花が、悲しい時は“悲しみ”を表す草花が、人間の身体のあちこちから咲く世界。青くもどかしい情動を抱える少年少女を中心として、そんな世界で生きる人々それぞれの物語が、本作で描かれる主題ともなっている。

 人の心が草花で視覚化できる世界。それが現実にあればどれだけ便利だろうかと思う一方、その世界に生きる彼らの物語はそう簡単ではないものばかりだ。

 植物が生えることが当たり前の世界で、“植物の生えない”症状を抱えるハナ。感情の豊かさや俗に言う惚れっぽさが起因し、“植物が生えすぎてしまう”英子。「憂鬱」という花言葉を持つ深紅のゼラニウムを咲かせたまま、常にやわらかな笑みを浮かべる桜。目に見えない、形のない人の心が植物として可視化されてしまうからこそ。繊細さを抱える少女たちは、様々な形で悩みや苦しみをそれぞれに抱える形となる。

見えることの残酷さ

 しかしそんなファンタジー的な世界観でありながらも、彼女たちの抱える苦悩や負の感情は、決して現実に生きる私たちと無縁のものではない。おそらく誰しも本作の物語の中から、共感を覚える話や身に覚えのあるエピソードに触れることができるだろう。

 そう考えれば、本来目に見えないものが見える世界になったとしても、人と人との関わりやコミュニケーションにおける本質は、今私たちの生きる世界とそこまでの大差はないのかもしれないと考えさせられる。しかし同時に、感情や性格に呼応して人々の身体に生える植物は、時に可視化できる故の世界の残酷さをのぞかせることもある。

 一口に植物といってもその種類は実に様々だ。彩りも鮮やかで綺麗な花々を咲かせる人もいれば、青々とした緑の植物を主に生やす人もいる。あるいは地味で、ともすれば敬遠されがちな植物が生える人も確かに存在する。

 見た目も中身も同じ人間が世の中に一人もいないように、植物の生え方も同じ人間が一人として存在しない世界。身に纏う植物の美しさは、その人自身の外見の美しさとニアリーイコールでも繋がってしまう。

世界観を作品に活かした表現手法にも注目

 スタイルの良さや相貌の美しさで優劣をつけるルッキズム思想の是非は、終わりのない命題であることは周知の事実だろう。見た目で人を判断する要素が、現実世界にプラスワンされた本作では、当然それにまつわるエピソードも様々な人々の間で展開されていく。

 とはいえ本作の場合、登場する人々の花にまつわる物語は、終始みずみずしくも心温まる読後感を与えてくれるものばかりだ。まぶしく爽やかな少年少女のエピソードという内容のみならず、植物をルックスに纏う本作ならではの、目を引くカラーとモノクロのコントラストが鮮烈な“マンガとしての表現”も、作品の魅力のひとつと言ってもいいだろう。

 感情や性格が花という目に見える形で如実に表れてしまう、美しくもある意味では普遍的なもしもの世界を描いた本作。

 どこか温かな気持ちを残すストーリーや、やわらかくも印象的なマンガとしてのユニークな表現にも注目しつつ、ぜひこの世界に生きる一人ひとりの物語に思いを馳せてみてほしい。

文=ネゴト / 曽我美なつめ