そもそもなぜ生き物は死ぬのか? 人間が“老いる”理由をひもとき、シニア世代の在り方を問題提起『なぜヒトだけが老いるのか』

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公開日:2023/7/14

なぜヒトだけが老いるのか
なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦/講談社)

 30代後半から、徐々に体に老いを感じるようになった。だが、「なぜ老いるのか」を真剣に考えたことはなかったし、老いは全ての生き物に共通するものだと思っていた。小林武彦氏による著書『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社)を読むまでは。

 本書は、「そもそも生物はなぜ死ぬのか」からはじまり、ヒト以外の生物を含めた「老い」、「老化が起こる要因」や「シニアの存在価値」など、「老い」にまつわる専門知識に幅広く触れている。ちなみに、本書において「生物種としてのホモ・サピエンス」は「ヒト」と片仮名で表記され、「社会の中で生きる人」は漢字の「人」で表記されているため、本記事でもそれに倣うこととする。

 本書で著者が「ヒト以外」として指す生物は、野生に限る。そのため、ヒトの家庭内で共に生活する犬や猫などは、この範囲に含まれない。

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 野生の生物の老化は徐々にやってくるのではなく、「突然やってくるもの」と著者は明言している。本書では、その根拠をサケの産卵を例に挙げて説明している。生まれ故郷の川に上流したのち、産卵・放精したサケは、急激に老化して死を迎える。産卵・放精前は、下流から上流まで川を遡れるほどに頑健な肉体だったにもかかわらずだ。

 サケ以外の野生の生物に関しても、著者は以下のように述べている。

“生態系は、基本的に「食べる―食べられる」の関係で維持されているので、動きが悪くなるとすぐに「食べられて」死んでしまうのです。”

 ヒトは、老いにかかわらず他の生物に食べられる心配はない。だが、野生動物はそうはいかない。そう考えると、生殖年齢を過ぎても何十年も生きられるのは、ヒトにだけ与えられた特権とも言える。

 本来のヒトの寿命を、著者は50~60歳くらいまでと考えている。その根拠は、全部で3つ。1つ目は、ヒトの祖先であるゴリラやチンパンジーの寿命。2つ目は、「哺乳動物の総心拍数は一生でほぼ20億回仮説」。“心臓は再生しない消耗品であり、使った分だけ劣化する”臓器であると本書に記載されている。そのため、20億回以上の心拍数を超えると、臓器の働きが衰えるものと推測される。3つ目は、現在のヒトの死因第1位の「がん」である。55歳以降、がんで亡くなる人数が急増していることから、過去のヒトは55歳よりも前に他の要因で死んでいたことが推定される。

 では、なぜヒトの寿命は本来の数値から大きくかけ離れて延びたのか。そこには、社会の中で生きる「人」だからこその理由があった。

 ヒトの祖先はサルである。サルには毛があり、子どもは生まれて少し経つと、親の毛を掴んで自分で背中にしがみつくことができる。しかし、ヒトは体毛を失ったため、親は子どもを両手で抱っこしなければならなくなった。よって、子育てをする際には、両手が塞がる場面が自然と増える。このような状況下において、祖父母が長生きである家庭は子育てをしやすい環境にあった。

“おばあちゃんが元気で長生きな家族ほど、子供を持てるキャパシティが増え、子だくさんになったというのは容易に想像できますね。ここで、ヒトの長寿についての進化的な「選択」が働いたわけです。”

 本書には、「ヒトだけが老いるようになった理由」のほか、生命のタネと呼ばれるRNAの存在、RNAに比べて安定して壊れにくいDNAの登場、これらがどのように進化を遂げ、遺伝物質の役割を担ってきたかなど、生物学者である著者ならではの専門知識も豊富に記されている。また、「シニア世代」の社会の中での在り方を問いかける章も興味深い。

 誰もがいつかは老いる。早いか遅いかの個体差はあれど、やがては老いて死ぬ。だが、どのように老いていくのか、どのようなシニアになりたいかは、ある程度自分でコントロールすることが可能だ。老いを恐れず、社会の中で生きる「人」としての姿勢をも問う本書は、これから老いる年代の人たちを勇気づけ、若い世代の人たちにも大切なメッセージを残してくれるだろう。

文=碧月はる

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