小説でも自由すぎるカレン節が炸裂! 名著のタイトルをヒントに紡がれる、滝沢カレンの大喜利的物語集

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/13

馴染み知らずの物語
馴染み知らずの物語』(滝沢カレン/早川書房)

 テレビ番組「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ系)等に出演し、その独特すぎる発言で知られるモデル&タレントの滝沢カレンさんが、『馴染み知らずの物語』(早川書房)でついに小説家デビュー。さまざまな既存作品のタイトルを、独自解釈して新しい物語を紡ぐという大喜利スタイルの短編集です。

 日本の作品では与謝野晶子の『みだれ髪』や中島京子の『妻が椎茸だったころ』と新旧問わず。世界文学ではゲーテの『若きウェルテルの悩み』やカフカの『変身』などと幅広く。2008年に出版から約80年の時を超えて再評価されて流行語トップ10入りした小林多喜二の『蟹工船』、2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』などなど、解釈しがいのあるタイトル全15作品が名を連ねています。

 やはり文章執筆となってもその世界観は健在で、一言でいうと「自由」な作品集です。四字熟語で人をたとえる鉄板ネタで黒柳徹子さんを「早口国宝」、オードリーの若林正恭さんを「印象皆無」と表す言い回すような勢いで、例えばゲーテの『若きウェルテルの悩み』では、思春期の男の子がメガネからコンタクトレンズにしてイメチェンするという感情の揺れ動きをテーマにするという形で、「若さ」と「悩み」という言葉を料理しています。

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 ジョーク路線の作品では、『ザリガニの鳴くところ』があります。湿潤なウォータートレイン地区に住む12歳の少女・モイスチャーのもとに、ある日サバクフェンス地区から来た王子・ドライヤーが迷い込んで来て、邂逅を果たしたふたりが、髪が乾きすぎずベタベタすぎずサラサラである素晴らしさを発見していくという物語です。

「パパ、ママ、僕を見てごらん!」
そう言うとドライヤーは自分の顔を両親に見せた。
「全く乾燥してないじゃないか! どうしたんだ? 首の皮膚割れも全くないし」
全身カッサカサの両親が驚きながらドライヤーを見つめた。
「紹介する。ずっとこの町で僕の面倒を見てくれた、モイスチャーとドゥクト爺さんだよ」

 本当はサスペンス路線の原作をカレンさんが読んでいるのかいないのかはわかりませんが、どことなく絵本的な世界観と、ノリツッコミのようなジョークが同居しているのが「滝沢カレン節」だと感じました。髪の毛の保湿メンテナンスという題材は、カレンさん自身の興味関心を投影している部分もあるのかもしれません。

 実際、江國香織の『号泣する準備はできていた』を題材にした作品では、女優の主人公も登場します。一方で、『妻が椎茸だったころ』『変身』では「僕」という主語の主人公もいるので、自分が想像できる範囲の向こう側へ、物語の力を借りてズンズンと進んでいった気持ちが伝わってきます。

 かといって、作品は破茶滅茶なものだらけではなく、むしろ「絶妙」と言ってもいいようなバランスでまとめあげられている物語が多いと感じました。本谷有希子の『生きてるだけで、愛。』をもとにした作品では、常に眠気が取れない主人公の家の「滅多に鳴らないチャイム」が鳴り、4年付き合って3年同棲した元カノが突如来訪するシーンがこのように描かれています。

目を雑巾みたいに擦りながら一歩を玄関に動かした。覗き穴を覗くこともうっかり忘れ、目の前に広がる玄関のドアを開けた。
「はーい」
私の目の中には真反対の、キラキラ輝きに満ちた顔を首に乗せた女性が立っていた。見るからに、私にはない輝き。そして、友達にもなってもらえなさそうな明るく上品な服装。

「脱力タイムズ」でも、独特な読み間違いや、文法、語法的に若干おかしいナレーションでスタジオや視聴者を沸かせていますが、「こういう言い回しでも小説を書いていいのか」と、もしこれから小説家を志す若い人が読んだら勇気づけられることもあるのではないかと思いました。

 カレンさんはあとがきに「読んでもらって、一瞬だけでも読者の心の中にこの物語たちがあっただけで私は十分なので、読んだ後はもう忘れてもらって構わない」という旨のメッセージを書いています。書く一瞬に集中している雰囲気が伝わるがゆえに、読むひとときがギュッと引き締まる作品たちに、ぜひ出会ってみてください。

文=神保慶政

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