“推し”の卒業が決まったらどうする?地下アイドルとオタクが築く特殊で刹那な関係性【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/21

地下アイドルとのつきあいかた
地下アイドルとのつきあいかた』(ロマン優光/太郎次郎社エディタス)

 10年以上前、メジャーとはいえないアイドルの現場に通い詰めていたことがある。メインで推していたグループはふたつだったが、いずれも、あっけなく解散/卒業してしまった。原因は、運営とアイドルのトラブルらしかったが、まあ、そんなものごまんと見てきたわけで。例えば、ハラスメントを含む運営側とアイドルの諍い。もしくは運営やアイドルオタク(以下、オタク)との交際発覚。SNSなどでの思いも寄らぬ失言。いずれもすごい勢いで拡散され、炎上するまではあっという間だ。

 ミュージシャンで文筆家であるロマン優光氏の『地下アイドルとのつきあいかた』(太郎次郎社エディタス)は、特定のアイドルの魅力を語るわけでも、有名オタクに肉迫したものでもない。そうではなく、オタクの性質や行動様式、ファンコミュニティの実態に焦点を絞った、やや特殊な成り立ちの本である。なお、ロマン氏の地下アイドルの定義は、「芸能事務所的な立ち位置の運営が経営している小規模なアイドル」だそうだ。

 ロマン氏は現場主義のオタク。オタクには在宅派もそこそこいるのだが、それは本書では(おそらく)意図的に省かれている。あくまでも、自分が見てきた範囲のことを書くのが氏の基本スタンスだからだ。なるほど、現場で見聞きしたアイドルとオタクの現場には、独自の生態系のようなものが自然に生まれる。その内実に迫ったのが本書というわけだ。社会学で言うところの、参与観察という行為にも少し近い。

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 オタクにはオタクならではの社会がある。Twitterなどでつながって、現場で声をかけて知遇を得て、おまいつ(お前いつもいるな、の略)の面々で懇親会的な飲み会をすることも度々。筆者の周りでは、女性オタクと男性オタクが付き合ったり、結婚したりした例も多くある。むろん、オタク同士の人間関係がこじれたり、派閥やヒエラルキーができたりもする。そのうち、上下関係とは言わないまでも、この人がいちばん熱心にアイドルに貢献しているな、というオタクが出てくる。いわゆるTO(トップオタ)と呼ばれるオタクだ。そして、現場で見聞きしたこのような事実を、ロマン氏は冷静沈着な筆致で書き綴っている。

 昔、オタク仲間が「アイドルを追う楽しみは距離感のゲーム」と言ったことがあった。なるほど、対象との最も心地良い距離を見つけるのが、アイドルを楽しむ要点というわけか。だから、アイドル専門レーベルを主宰するタワーレコードの社長であり、自身もアイドルオタクである嶺脇氏のように、妄想の余地を確保するために、あえてアイドルと距離を置くというケースもある。

 アイドルとオタクという関係は、限定された時間の中でのみ成立するもの。「互いがアイドルとオタクというロールプレイをしていて、社会的な属性から切り離された、その場でしか成立しない、特殊な関係」だとロマン氏は言う。

 だが、炎上騒動や不祥事がある度に、オタクがふるいにかけられていくのは本当に心苦しい。メンバー全員が既婚者なのに活動を続けているグループもいるが、多くのオタクは、いずれはいなくなることを前提にアイドルを応援する。今、全力で推さなきゃいつするのか、と言わんばかりに。そう、夏休みは永遠には続くわけじゃない。さくら学院というアイドルグループが、中学校を出たら卒業するというシステムを採用しているのも、そう考えると腑に落ちる。

 ロマン氏が体験したケースでは、推しの卒業が決まり、もう数回しか会うことができないという状況が描写される。卒業が目前に迫る度に、ロマン氏らオタクの気分は高揚してゆき、現場は最高潮に盛り上がる。これは筆者も経験したから分かるが、大変なこともあったし寂しくなるけど、楽しい日々だったよな、と振り返ることができれば十分。儚く刹那的な存在だからこそ、アイドルを応援したくなる人も一定数いるのだから。

 業の深いオタクが集まる現場では、最初こそ、おそるおそるオタク同士が関係を保っている。だが、そのコミュニティの内部に入ってみると、実はかなり快適で気の合う仲間もできる。今になって思えば、ホモソーシャルなノリが強かったが、純粋に楽しくもあった。そうした現場の濃密で濃厚な空気を真空パックしたような本書、これまでになかったタイプのアイドル関連本なのは間違いない。

文=土佐有明