マリオの中毒性のあるゲーム音楽はこう作られた。キャラの動き、リズム、場所によって世界観を構築した天才の頭の中

エンタメ

公開日:2023/8/28

「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命
「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』(アンドリュー・シャルトマン:著、樋口武史:訳/DU BOOKS)

 1983年7月15日に任天堂のファミリーコンピュータ=ファミコンが発売して今年で40年。ファミコン本体と同時に発売されたソフトは『ドンキーコング』で、その後『麻雀』、『マリオブラザーズ』、『ベースボール』が発売された。

 マリオシリーズの生みの親は「ゼルダの伝説」シリーズをはじめ、任天堂を代表するテレビゲームのほとんどを手がけてきた宮本茂氏。その功績はここでは触れないが、任天堂といえば宮本茂と言われるほどの天才ゲームクリエイターである。そんな彼がファミコン誕生から2年後の1985年に世に送り出したのが『スーパーマリオブラザーズ』である。

“♪テテッテ、テレッテ、テー~”

advertisement

 と陽気な音楽で始まるこの横スクロールアクションゲームは大ヒットを記録した。

 さて、“♪テテッテ、テレッテ、テー~”と文字にしただけにもかかわらず、スーパーマリオのあの音楽が頭に浮かんだ人は少なくないはず。『スーパーマリオブラザーズ』は宮本氏ともう一人の天才の力によって、現在まで語り継がれる名作となった。その天才とは、このゲームの印象的な“音楽”を生み出した作曲家、近藤浩治氏である。

 アンドリュー・シャルトマン『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』(樋口武史:訳/DU BOOKS)は、スーパーマリオの音楽でゲームに新たな“音楽性”をもたらした作曲家の近藤浩治氏の哲学とそのテクニック、そして音楽性を解説している。

 著者のシャルトマンは、「スーパーマリオブラザーズ」の音楽を“二十世紀のいかなる偉大な音楽アルバムと比べても同じくらい重要なものであり、文化的にも音楽的にも同じくらい豊かなものである。”と、最大の賛辞を贈る。そして近藤浩治氏が創り出したこのゲーム音楽は、一曲一曲がただ集まっているのではなく、地上、地下、水中、お城といったそれぞれのステージの音楽全体で大きな世界を構築し、楽曲全体として体験される「音楽アルバム」と同様で、名作アルバムと同じように知的な分析対象に十分値するものだと述べている。

 1984年に大阪芸術大学に在籍していた近藤氏は、任天堂が大学に送った募集要項に応募して採用される。最初の数か月は小さなプロジェクトに取り組むが、1985年に『スーパーマリオブラザーズ』の音楽を任される。

 当時、近藤氏は「『まるでゲーム音楽じゃないみたいだ』と思われるような、これまで聞いたことのないものを目指していました」と語る。

 また、インタビューで近藤氏は「(『スーパーマリオブラザーズ』の)音楽は、ゲーム操作に触発されて生まれたものであり、ゲーム操作から生まれる感覚を強化することを目指しています」とも語っている。ダッシュ、ジャンプなど、操作するプレイヤー自身がマリオとシンクロするような、音楽がゲームの雰囲気と動きと感情を結び付けようとする試みは、当時のゲームとしてはまったく新しいものであった。

“その音楽をゲーム内の環境とプレイヤーの体験にマッチさせること”

“ゲーム音楽はスクリーン上のキャラクターの動きだけでなく、プレイヤーの身体のリズムまで体現するべきだ”

 本書はこれら近藤氏の作曲における哲学から、例えば水中ステージの音楽が既存の音楽であるワルツを使用していることに実はとても深い意味があること、クッパの「城BGM」を不協和音にすることでクリアしたときの開放感に繋がる音楽的な仕掛けなど、専門的な解説を交えてその音楽的意味をひもといていく。

 また、当時のゲーム作曲家が用いていた“楽器”であるファミコンは、メモリなど多くの制約がある音源チップを使用していたため、たとえば実際の音楽では当たり前の音の強弱でさえも、音の連続性のない当時のゲーム音楽はそう聴こえるように錯覚を作り出していたのだという。メモリの制約のため、反復とバリエーションが多用されるが、近藤氏のそれは「創造的なループ」であり、そこには巧妙な仕掛けが隠されている。たとえば地下ステージの反復では“静寂”によって地下世界の「響き」を表現し、かつて“悪魔の音程”と呼ばれていた音程によって閉鎖的な「方向感覚の混乱」を表現しているのである。『スーパーマリオブラザーズ』の表現力豊かな音色は、近藤氏のこうした様々なテクニックによって奏でられていたのである。

 ゲーム音楽の解説本としては専門性の高い本書であるが、読者はページをめくるたびに、スーパーマリオのステージの音楽を口ずさんでしまう親しみやすい一冊である。

文=すずきたけし

あわせて読みたい