鳥山明が“ラストを見据えて描いた”名作『SAND LAND』。圧倒的画力と綿密なストーリーの魅力をいま改めて振り返る

マンガ

公開日:2023/9/23

SAND LAND
SAND LAND』(🄫バード・スタジオ/集英社)

 漫画家・鳥山明原作の映画『SAND LAND』が8月18日から公開中だ。原作の同名漫画は2000年に「週刊少年ジャンプ」誌上で全14話が短期集中連載された。『SAND LAND』は物語の時代から50年ほど昔に人間の愚かな行動と天変地異が重なって人口が減少、たいして広くもない砂漠が世界のすべてになってしまった「サンドランド」が舞台だ。そんな過酷な状況になったにも拘わらず、人間は争いをやめようとしなかったという。その後、ようやく世界が落ち着きかけたときに砂漠の命ともいえる一本の川の流れが止まり、今はその地に住むものたちすべてが水不足に困っていて、たったひとつの水源を持つ「うさんくさい国王」が水資源を独占、国民に売りつけて大儲けしている、という状況である。

 そこへ「幻の泉を探し出す旅を手伝ってほしい」と悪魔や魔物が住む城を訪ねて来たのが、老いた人間の保安官ラオだった。行先には危険があるため魔物に同行してほしい、もし水を発見したら人間と魔物で分け合おうというラオの提案に乗り、同行することになったのが悪魔の王子・ベルゼブブ(ゲームが大好きな、少年のような見た目だが年齢は2500歳くらい)と、物知りで盗みが上手い魔物のシーフだ。老人と悪魔と魔物のトリオは車に乗り込んで出発するものの、アクシデントから戦車へと乗り換え、さらに砂漠を南下し続ける。すると水を巡る様々な秘密が明らかとなり、事態は思わぬ方へと展開していくことになる……

 本作について、ジャンプ・コミックスのカバーにある鳥山先生のコメントによると、個人的に描いて楽しい漫画になるはずだったが、思った以上に戦車を描くのが大変で後悔したものの、ひとりで原稿を仕上げることに意地を張っていること(この作品はアシスタントをつけず鳥山先生ひとりで描いた)、自身には珍しく話を最後まで決めてからの連載だったため、「かくして自ら地獄に落ちていったのであった……」と述懐している(もちろん作品にはそんな悲壮感はまったくない!)。

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 さらに完全版には「鳥山明先生に聞く『SAND LAND』制作秘話」が巻末に収められており、物語の着想やキャラクター、世界観の設定などについての鳥山先生本人のコメントと、実際に使われなかったページやスケッチなど初公開となる資料が収録されている。ちなみに丸っこい特徴的な戦車の形について、なぜあの形になったのかの歴史的背景が説明されていて、モチーフはペンギンであることも明かされている(詳しくは完全版でお読みください)。細部まで描き込まれた線をじっくりと確認したい方は、カラーページも収められた、大判で印刷クオリティの高い完全版をぜひ手に入れてもらいたい。また現在は映画公開を記念して、無料で集英社公式の総合電子書店「ゼブラック」とアプリの「少年ジャンプ+」でも読むことができる。物語をスピーディに読みたい方は電子書籍で、手元に置いて気軽に何度も読み直したい方はジャンプ・コミックスで、物語の世界を味わい尽くしたい方は完全版がお勧めだ。

 鳥山先生の漫画は、人間と異形の生物たちが同じ土地に暮らし、お互いに理想がありながらもどこかで折り合いながら(とは言うものの時折バトルもあるが)共存している世界が描かれている。そんな鳥山作品が多くのファンを獲得し、支持され続けるのは、漫画の世界が今の地球に住む私たちにとっての理想郷だからなのだと思う。そして独自の世界観によって紡がれる物語と展開の妙、リアルをベースにした緻密かつ親しみやすい絵柄、上下左右様々な角度から自在に描かれる構図、挟み込まれるギャグとストーリーのスピード感が相まって、何年経ってもまったく作品が古びないのだろう(インタビューであまり多くを語らない、というのもシャイな鳥山先生ならではだ)。映画を観る前に、また観た後に、圧倒的画力と物語の面白さに浸ってほしい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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