自由人・坂口恭平の妻は「しあわせのお手本」――ようやく言語化することができた幸福の秘訣とは

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公開日:2023/9/13

幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本
幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本』(坂口恭平/祥伝社)

 X(旧Twitter)には様々なタイプのアカウントがありますが、いつも自由で、文章、写真、動画から人間味を感じ、旅しているような気分にさせてくれるのがアーティスト・坂口恭平氏のアカウントです。実際、8月にはトルコを旅している様子を現地からかなりの頻度でアップし、日課のパステル画を描いたり、路上ライブをしたり、トルコ人タクシードライバーと仲良くなったりしている様子などを見ていると、自分が旅しているかのように感じました。

 そんな坂口氏の活動を支えているのが、ツイートにもよく登場する妻のフーさんです。そして、フーさんについて坂口氏自身が書いたのがご紹介する『幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本』(坂口恭平/祥伝社)です。ふたりが出会ったのは2001年、結婚したのは2006年ですが、結婚してから数年経ったとき、坂口氏の気持ちの浮き沈みの原因が躁鬱病(そううつびょう)と判明しました。

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 こうしてフーさんは妻であることに加えて、坂口氏が生まれて初めて自分の鬱を見せた人になりましたが、坂口氏にとってはずっと「研究対象」あるいは「幸福になることの師匠」だったといいます。本書の冒頭にはフーさんの特徴が12も記載されていますがいくつかをピックアップすると……

 ・「寂しい」と言わない
 ・人の文句を言わない
 ・「一人で」ゆっくりすることができる
 ・落ち込まない

 といった特徴です。「人と比べて自分を蔑む」ということも全くないフーさんの「そりゃ少しは羨んだりすることもあるけど、最終的にはその人はその人だし、違う人だからね……」という言葉に、坂口氏はかつてこう思ったといいます。

そりゃ言われたらわかりますよ、でも言われても止められないんですよ……、それが……。僕はフーちゃんと話しながら、あまりにも自分と違いすぎて、さらに落ち込んでしまいました。

でも同時に安心もしたわけです。
目の前に幸福な人がいたわけですから。

 フーさんの存在に支えられながら、坂口氏は「自分の気持ちを他人に開示して安心した上で、自分なりの人生を進み、自分なりの幸福を味わう」という揺るぎない軸を得ます。坂口氏の最も知られている活動の一つである「いのっちの電話(電話番号をSNS上に公開して、命を絶つ選択をしようと考えている人からの電話相談を受ける活動)」は、まさに「自分の気持ちを他人に開示して安心を得る」場を、他者に対して、電話上に設けたもので、2011年から現在に至るまで実行され続けています。

 しかし、坂口氏はフーさんと出会った当初から「なぜそんなふうに考えることが可能なのか?」と尋ね続けてきたものの、フーさんが体現している幸福の秘訣をずっとまとめることができなかったといいます。言語化でき始めたのはこの数年。新たな軸となる「自分のことを理解してくれる人は必ずいて、その人たちと生きていく」という考えを得たことによります。

 例えば仕事を受けるときに、あらかじめ「仕事期間中に鬱になる場合があること、なった場合どうするか」と、包み隠さず注意書きを加えて、本当にそうなったとしても受け入れてもらえる人と仕事をする。それが坂口氏にとっては「大発見」だったといいます。

僕は人から嫌われることを極端に恐れてました。でもこうやって、ちゃんと全部自分の状態を話して、それでも付き合ってくれる人とだけ仕事をする、と決めることで、失敗するということ自体が存在しなくなりました。

 人生における選択と決断を「他人基準」で決めていくのではなく、「自分基準」で見つめながら、いつの間にか進んでいるような感じで歩んでいく。そうすると、成功と失敗、理想と現実など、絶対的と思われがちな概念にとらわれなくなるということです。本書はこの他にも、自由人・坂口氏が、幸福人・フーさんから得た様々な学びを知れる一冊となっています。

文=神保慶政

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