収入3万円の40代お笑い芸人はなぜ辞めない? THE SECOND準優勝のマシンガンズ西堀×売れていない芸人6人の対談から探る仕事論

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/21

芸人という病
芸人という病』(西堀亮/双葉社)

 2023年5月の『THE SECOND~漫才トーナメント~』(フジテレビ)で準優勝となったお笑いコンビ・マシンガンズ。そのマシンガンズの西堀亮が、エッセイ本『芸人という病』(双葉社)を上梓した。

 西堀は今回の快挙で、鳴かず飛ばずの芸人人生を経て「奇跡の復活」「48歳で初めて売れた男」と言われており、今めちゃくちゃきている芸人の一人だと言える。

 そんな彼が本書では、自身のYouTube「西堀ウォーカーチャンネル」に登場する和賀勇介、松崎克俊、ねろめ、などいわゆる“売れてない”芸人6人と対談。大変失礼な言い方になるが、彼らには金も名誉もない。しかし傍から見れば、とても楽しそうに生きているのだ。それは何故か。そして何故、彼らは芸人を辞めようとしないのだろうか。

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●“収入3万”の芸人の家計簿とは

 和賀勇介は、お笑いコンビ・トップリード時代に『キングオブコント』(TBS)で決勝までのぼりつめたが、その後にコンビを解消し、現在はピン芸人として活動している。現在40代前半で、嫁なし・子どもなし・彼女なし。貯金額0円、借金約20万円。ここで本書より、彼の家計簿を覗いてみよう。

〈和賀勇介の1ヶ月の家計簿〉
1ヶ月の収入 19万円(芸人としての収入3万円/バイトなどの収入16万円)
家賃 53,000円
光熱費(ガス・水道・電気) 10,000円
通信費(スマホ・自宅Wi-Fi) 10,000円
食費(外食・飲み代含む) 55,000円
遊興費(銭湯・サウナ、タバコ・アイコス、交通費、本やDVD) 76,000円
借金の返済 15,000円
収支合計 −29,000円

 芸人としての収入はわずか3万。それでも芸人を続けられるのかという疑問が頭をよぎるが、どうやら本人が「辞める」と言わないかぎり、芸人業を続けられるらしい。その他に、バーのバイトや土木作業の仕事で稼ぎ、月収は19万円。

 お世辞にも稼いでいるとは言えない。借金の返済に追われているし、いい年をして四畳半の風呂なしアパートに住み、将来の貯えもなく、世間からは社会的弱者と見られるような存在だ。

 だが、美味しそうなローストビーフ丼があれば、たとえ土木作業の日給が1万円であっても、昼飯に1300円を使う。和賀曰く「食べたいから食べる」。こんなに贅沢なことはない。やっぱり楽しそうに生きているのである。

●金はない。芸人を辞めるつもりもない。

 芸人としての仕事は、たまに事務所の先輩である有吉弘行の番組に呼ばれるくらいで、ネタ作りに熱い思いをぶつけて努力することもなく、自分から営業をかけることもない。誰かから声がかかるのを待つのみ。バイトを掛け持ちする大変さはあるが、人間関係のストレスはないそうだ。

 稼げず、努力もしないのなら、もう芸人を辞めてもいいのではないだろうか? しかし、和賀は語る。「死ぬとしても、芸人は辞めたくない。芸人以外にやりたいこともないし、それを投げ捨ててまで、収入のために何かやることに意味があるのか…」と。このまま待ち続ければ、錦鯉の長谷川のように50歳で突然売れる可能性だってある。いや、むしろ、売れて責任やプレッシャーが生じるより、今のように売れないまま、たまに気が知れた芸人仲間と同じ立場で飲めるくらいがちょうどいい——。

 傍から見れば、中途半端な「ぬるま湯」のような芸人生活でも、彼らにとってはいつまでも浸かっていたい最高に心地良い「温泉」なのである。

 いつ仕事が入るかわからない芸人という仕事は、定職に就くのも難しいだろう。しかし、他の“売れない”芸人たちも、同じように「芸人を辞める気はない」と口を揃える。

 西堀は彼らとの対談を経て、自分を含め、芸人という仕事は「病」なのだと指摘する。職業という概念を通り越した、ある種のライフスタイル。芸人という生き方に取り憑かれた彼らは、西堀の言葉を借りれば「芸人至上主義」。失敗話や苦労話でさえ笑いに昇華させてしまう。

●金か? 生き方か? 究極の選択

 本書では、西堀自身がこれまでの苦労を乗り越え、どのようにして「奇跡の復活」を遂げたのか、という話にも触れている。

 そこで分かるのは、西堀はこの本に登場した芸人たちとは違い、芸人を辞めようとしたことがあるし、ギリギリの生活に耐えるくらいなら別の仕事を探そうと思ったこともある、ということだ。だからこそ、ネタ作りなどの苦労もしてきた。その努力が実り、名誉を手にした西堀は今、「職業:芸人」から「お金を稼げる芸人」に転身しようとしている。しかし、その人生にはきっと責任もプレッシャーも伴うだろう。

 本書からは、自分の好きなように働きながら生きることの楽しさが伝わってきた。その代償は大きい。しかし、ストレスまみれで世知辛い現代に生きるより、よっぽど幸せであるようにも思えてくる。

 贅沢をするために好きでもない仕事をするのか、貧乏をして周りから社会的弱者だと言われても好きな生き方を貫き通すのか。誰もが、その究極の選択を迫られるはずだ。

文=吉田あき

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