家庭は子どものことば遣いの「鏡」になる。親から子へ、言葉のバトンをつなぐためにできることは。

暮らし

公開日:2023/10/25

わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力
『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(矢野耕平/KADOKAWA)

「うちの子どもが最近“ヤバい”しか言わなくて……」「あとは“エグい”とか……」とは、全国のあちらこちらで交わされていそうな会話です。こんな時、「親である自分自身が、つい“ヤバい”を多用しているかも」と思ったら手に取っていただきたい本として『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(矢野耕平/KADOKAWA)をご紹介します。もちろん「ヤバい」を使うから表せる雰囲気などもありますが、言語習得段階ではなるべくいろいろな表現で感情を言い表しておきたいですね。

 私は、国語教育を専門としています。そのため、小学校から高等学校までの国語科をはじめとする授業を観察したり、時には授業づくりをお手伝いしたりしてきました。また、幼稚園や保育所に伺って保育の場面を見せていただくこともあります。

 学校や園に伺い、教室に入っていつも感じることがあります。それは、「教室は先生の鏡だ」ということです。
 足を踏み入れたとたんに、ニコニコしながらわいわいと私に近づく子どもたち――。その担任の先生も、やはりニコニコしておられます。緊張しながらも優しげな目を私に向けてくれる子どもたち――。その担任の先生も物静かにそして優しげに私と接してくださいます。

advertisement

 教室の子どもたちのようすは、だいたい先生に似てくるのです。教室を見れば、だいたい先生が見えてきます。
 それは、言葉の面でも同じです。早口が飛び交う教室の先生はだいたい早口です。落ち着いて話す教室の先生はだいたい落ち着いて話されます。
 わずか週何時間かの国語科の授業よりも、その何十倍の時間接している先生の言葉に、子どもたちは大きく影響されるのです。
 いわんや家庭をや、です。(「家庭おや」ではありません。参照p.43「かなづかい」)

 子どもたちが最も長い時間接する人は、親です。親からの言葉にどれほど影響を受けるでしょう。週何時間かの国語科の授業よりも、一日8時間の学校よりも、0歳から何年もの間に触れてきた親の言葉こそ、子どもたちに最も大きな影響を与えるのです。
 では、その大きな影響とは「語彙の数」のことでしょうか。それもあるでしょう。多くの種類の語彙が飛び交う家庭の子どもは多くの種類の語彙を獲得するかもしれません。しかし、それが一番大きな影響でしょうか。

 矢野さんは語ります。「子どもたちに求められる語彙運用能力は、暗記に努めることではなく、文章を読んでいる際に分からないことばに出あったら、その場で瞬時にその意味を『推測』するスキルなのです。(p.18)」
 そう、「推測する(想像する、推論する、予想する などと言い換えてもいいでしょう)」ことが最も大事なことなのです。

 では、その「スキル」はどうやって親から子どもに伝わるのでしょうか。それは、「背中を見て学ぶ」のです。親が「言葉を推論している姿」を何度も見ることによって、身についてくるのです。サッカーボールを蹴ることが自然と伝わるように、料理をすることが自然と伝わるように、親のすることを見て学ぶ(まねぶ まねる)のです。
 だから矢野さんは語ります。「まずは親が語彙の学習に楽しみ、それを子どもたちに伝えてほしい、場合によっては数々の問題に親子が一緒になって取り組んでほしい(p.20)」――これ、サッカーや料理と同じですよね。大人が楽しむこと、その姿を見せること、そして一緒に楽しむこと。それがいちばん「伝わる」のです。
まして、言葉は生きていく基礎です。難しいと思わず、大人がまずは楽しむこと、それがこの本からの大切なメッセージです。

 この本にはたくさんの中学校入試の問題が例に挙げられています。しかし、小難しい説明はまったくありません。あちらこちらに、「おっ!」と思う表現、例えば「慣用表現は比喩の屍(しかばね)(p.180)」とか「すべてを知ることはできないからこそ(推測せよ――難波注)(p.210)」とか、ちょっとかっこよすぎる表現がかくれています。矢野さんを知っている私としては、(そのキザさに)ちょっと「くすっ」と笑いながら、楽しく読んでしまいました。
 ただ楽しいだけではありません。「慣用表現は死んだ比喩」とか「推測こそ読解」といったことは、言語学の理論にしっかり基づいた表現です。矢野さんは現在も大学院で学んでおられますが(p.252)、ちゃんと学問の裏打ちがある本であるといえるのです。

 本書は、親を通過して子どもたちの言葉を伸ばすだけではなく、親自身の言葉を伸ばし、自分自身の人生をさらに高みへと連れていってくれる本です。その魔法こそ「推測の力」なのです。この魔法を本書から学び取って、子どもと一緒に言葉の「スキルアップ」を楽しみましょう。

文=難波博孝(広島大学教授)

【著者プロフィール】
矢野 耕平(やの こうへい)
1973年東京都生まれ。中学受験指導スタジオキャンパス代表、国語専科博耕房代表。指導担当教科は国語と社会。著書に『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文藝春秋)など。