大腸が全部なくなっても人間は生きられる? 人間の臓器の精密さと、人間の生命の脆さを知れば「死」への向き合い方が変わる

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更新日:2023/12/12

すばらしい医学
すばらしい医学』(山本健人/ダイヤモンド社)

 人間はいつか死ぬ。いや、すべての生物はいつか死んでしまう。この恐ろしき事実は、何となく頭の中にありながらも、常に意識している人はほとんどいないのではないだろうか。ご飯を食べながら、テニスをしながら死ぬことを考える人はなかなかいないだろう。それは、死ぬことにびくびく怯えるような悲観的な生き方をしていると、うまく子孫繁栄ができないことからくる、本能的な忘却機能なのかもしれない。あるいは生きている限り一度も死んだことがないため「死」というものをうまくリアルに想像できないからなのかもしれない。

 そんな「死」に関する考え方ががらりと変わるような本が発売された。魂や精神、スピリチュアルな本ではまったくない。むしろ対極に位置する医学本だ。『すばらしい医学』(山本健人/ダイヤモンド社)は、現役の外科医だからこそ語れる、リアルな人間の肉体や臓器について比喩表現たっぷりにわかりやすく、そして好奇心を掻き立てられる本である。第一弾である『すばらしい人体』が18万部を突破したが、その第二弾にあたる。

 著者・山本健人先生は言う。

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“医学を学ぶと、二つの相反する感情を抱く。一つは、「人体がいかによくできているか」という感嘆。
もう一つは、「人体はいかに弱くて脆いか」という落胆だ。”

 本書を通して語られるのは、まさにこの2点だ。数々の肉体を切り開き、病巣にメスを入れてきた外科医が教えてくれる人体の不思議なあれこれには、生命の神秘と、ちょっと誤れば簡単に生命が途絶えてしまうことが共に内包されている。

 僕が、人間がいかにうまくできているかと脆さを同時に感じてしまったのは、人間の臓器に関する話だった。自分の体内で働く臓器によって生かされていることを切に感じた。

「なくても生きられる臓器、生きられない臓器」の章が特に興味深かった。例えば大腸がなくなっても、人間は生きられるか? という問いがある。大腸は、長さ1.5~2メートルほどの管状の臓器で、時計回りにお腹を一周する形で存在する。言わずと知れた、食べたものが便になる過程で通る最後の臓器だが……なんと驚くことに、大腸はすべて摘出しても不便ではあるが生きることはできるそうだ。

 しかし小腸はどうだろうか。約6メートルあり、お腹の中で最も広い領域を占める臓器で、重力によってお腹の中を移動できるという特徴を持つ。逆立ちをすると、小腸が頭側に移動し、下腹部に広い空間が生まれるそうだが、そんな小腸がなくなると人間はどうなるのか? 答えは……すべて摘出してしまうと生きられないそうだ。小腸からしか吸収できない栄養素が存在することが理由。でも6メートル近くもあるのだし……と思っていると、部分的には切除してもOKとのこと。

 また、肝臓もすべて摘出すると生きられない。肝臓は500以上の化学反応を担う人体の化学工場と呼ばれ、その機能を肩代わりできる機械が存在しないからだ。これだけ医学が発達し、多くの病気に打ち勝てるようになった現代でも、臓器の精密さには及ばない領域があるらしい。

 そんな「へえ~」が止まらない本書を読むと、自分の体がいかに精密に作られているか、逆に、自分を支えてくれる臓器がなくなれば簡単に絶命してしまうかに驚くことだろう。人間は所詮、有機物の塊に過ぎないのだ。しかし人体に関する学びは、人の「死」を適切に受け止める力になるだろう。

文=奥井雄義

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