「幸福」と「綱渡り」が同居する――ギリギリの状況で成り立っている子育て環境への提言

暮らし

公開日:2023/12/6

「ふつう」の子育てがしんどい 「子育て」を「孤育て」にしない社会へ
「ふつう」の子育てがしんどい 「子育て」を「孤育て」にしない社会へ』(石田光規/晃洋書房)

「子育て」とネット検索をしてみると、未来や希望、楽しみよりも、問題、課題、悩みなどといったトピックが際立ちます。「いつしか子育ては負担になってしまったけれども、どうにか“子どもは宝”という共通認識を現代社会に浸透できないか」と考える執筆陣が出版した一冊が、『「ふつう」の子育てがしんどい 「子育て」を「孤育て」にしない社会へ』(石田光規/晃洋書房)です。メインの書き手は早稲田大学教授で社会学者である石田光規氏で、その他に神奈川県・戸塚市で子育て支援活動を行う特定非営利活動法人「こまちぷらす」を運営する森祐美子氏、千葉県・松戸市で「まつどでつながるプロジェクト」の運営協議会マネージャーを務める阿部剛氏が1章ずつ執筆する構成となっています。

 子育て以外の領域でも「ふつうとは何か?」ということが国内外で度々問い直されていますが、本書が題材にする「ふつう」とは、「子育ては保護者が自力で頑張るものだ」という前提のことです。その「ふつう」な状態は、たまたま子育て以外で生活に大きな影響を及ぼす出来事が起きず、保護者たちが「頑張れる」環境が成立していることによってギリギリ担保されていると本書では指摘されています。

 もし何かアクシデントや家庭の再編を強いられるような出来事が起きてしまうと、保護者の身を蝕むかのように急速に孤立、孤独が増幅してしまう。タイトルにある「孤育て」という言い回しや、第一部のタイトル『子育て、「幸福」と「綱渡り」が同居する体験』は、そうしたリスクを端的に表現しています。

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 WEBメディア「日経xwoman」と日本経済新聞社が実施する「共働き子育てしやすい街ランキング2021」で総合1位に選ばれている松戸市であっても、やはり保護者たちが孤立、孤独への「負のスパイラル」に陥るリスクとは無縁ではありません。石田氏は、そのうち数人の聞き取り調査に成功しています。

「松戸市のサポートなどを使うことはあまり出来なかったのですか」という質問に対してゆりさんは、「よく分からないし、面倒くさくなってしまって。性格的にもいろいろ調べてというタイプじゃなくて、ぱっと身近なものを使って」と答えている。
この「よく分からない」し、面倒だから使わないという言葉は簡単に無視してよいものではない。ゆりさんの発言は、子育て支援の施策が充実しても、行政が待ちの姿勢でいるかぎり、そこに届かない人が一定数いる事実を示している。

 本書は「研究所と一般書の中間」というスタンスがとられていて、読者の立場に応じて「自分のできること」を考えられるように、あまり専門的事項に寄りすぎず、上記のような証言や、森氏や阿部氏など地域のプレイヤーが実際に見聞きした実例を丁寧に紹介しています。読み進めていくと、場を運営することや仕組みを作ることの難しさもさることながら、最も課題なのは、感情面のセーフティーネットを周到に張り巡らせられる人材とその育成であることがわかります。ゆるやかに、臨機応変に、可変的であることがそのキーとなると、戸塚市で活動する森氏は綴っています。

「相手にギブできるものが何もないと思うと、頼ることもできない」「自分とつきあっても相手にとって嬉しいことがない、メリットがないと思われるのではないか」といった考えがよぎり、現状から脱する方法が見つからないまま、現状を維持することすら難しくなっていく。そんなときに、ふらっと立ち寄った場で「こんな自分でも」受け入れてもらえたという感覚になることで、負の流れを抜け出す小さなきっかけが見つかっていく。

 寄りたいと思ったときに寄れる場所がある、何かを言いたいと思ったときに言えてそれを過度に肯定も否定もせず受け止めてくれる人がいる。当たり前のようでいて難しいそうした環境の大切さを再認識でき、まちづくり、地域づくりに関わる方だけでなく、人事や労務など「働き方」に関わる業務をされている人にもおすすめしたい一冊です。

文=神保慶政

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