ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、夏川草介『スピノザの診察室』

今月のプラチナ本

公開日:2023/12/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年1月号からの転載になります。

『スピノザの診察室』

●あらすじ●

京都の町中にある地域病院で、日々多くの高齢患者を診る内科医・雄町哲郎は、かつて大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。しかし、30代後半に差し掛かったとき、妹が病死。彼は一人残された甥の龍之介と二人で暮らすため、今の職への転向を決めた。そんなある日、かつての同僚で大学准教授の花垣が、弟子の南茉莉を哲郎のもとで勉強させたいと言い出して――。

なつかわ・そうすけ●1978年、大阪府生まれ。信州大学医学部卒。長野県にて地域医療に従事。2009年『神様のカルテ』で小学館文庫小説賞を受賞、デビュー。同書は10年の「本屋大賞」で第2位、映画化もされた。他の著書に『本を守ろうとする猫の話』『臨床の砦』『レッドゾーン』など。

『スピノザの診察室』

夏川草介
水鈴社:発行 文藝春秋:発売 1870円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

あの町に、あの場所に、あの人がいる

強く、強く心に響く。医療の現場を描くことで命を照射する試みは数あれど、本作が掌で包み込むようにして見せる希望の有様を、私は知らない。京都の町でそれぞれの持ち場を守る主人公の雄町と、彼の唯一の親友とも言える花垣との言葉少ななやり取りも堪らなく良い。互いを理解し、真に対等な立場で在る他者によって、人は個体の枠を超えた力を発揮する。環境に囚われない哲学者のようなマチ先生と、組織の中で理念を追求しようとする花垣とが交わるとき、京都の町に奇跡が起きるのだ。

川戸崇央 本誌編集長。12月より開始予定でした「ダ・ヴィンチゼロイチスクール」の中止を決定致しました。関係者の皆様にはこの場を借りてお詫びを申し上げます。

 

マチ先生の厭世観×ヒューマニズムにきゅん

腕良し、人柄良し、皆から愛されるマチ先生は、ちょっと意外な哲学を持っている。「人間が自分の意志でできることなんて、ほとんどない」「人間は、世界という枠組みの中で、ただ流木のように流されていく無力な存在というわけだ」。そんな最強スペックでこの厭世観……と思わずきゅんとしてしまうのだが、読み進めるにつれ、それは悲観ではなくむしろ強靭な希望だと思えてくる。流木のごとくゆらゆら流れゆく無力な我々だからできること。弱さが強さに翻るような幸福に痺れる。

西條弓子 本作は京都の甘味情報も満載で聖地巡礼したくなります。金平糖専門店の焼栗味の金平糖おいしそう。夏川さんのインタビューは22ページから!

 

柔らかなマチ先生の言葉

死が迫ってくるような作品は数あれど、その恐怖を和らげてくれる作品にはなかなか出会えないように思う。京都の地域病院で、残された時間の短い患者たちと日々真摯に向き合うマチ先生。「暗闇で凍える隣人に、外套をかけてあげることなんだよ」柔らかで温かなマチ先生の言葉は、私たちの心を包みこみ、死は恐ろしいだけではなく、生の延長にあるものなんだと気付かせてくれる。マチ先生の優しさやこの作品の持つ温度感にいつでも触れることができるよう、ずっと手元に置いておきたい。

久保田朝子 長い夏が終わってもうすぐ年末というのに、今年の目標であった水泳をようやくはじめました。残すところあと1カ月、あと何回行けるだろう。

 

科学と哲学が重なる、医学の道

「我々が診ている患者さんの多くは、病気を治すことがゴールではありません」。読後、ずっと心に残っている言葉だ。終末期の患者たちは、手を尽くしても天国に旅経ってしまう者がほとんど。だが私の眼には、マチ先生と関わった患者は“自分の納得のいく最後”を選ぶことができたように思う。人生には必ず死が訪れるからこそ、科学的に病を治療することと、やがて患者が納得してその先を迎えられること、両方の側面から手を差し伸べる主人公の眼差しがまぶしい。「医は仁術」の物語だ。

細田真里衣 去年、悩みに悩んで購入を見送ったコート。今年同じようなデザインを探しても、どこにもない。やっぱりビビッときた時に買わないとですね。反省。

 

“間”から見える現実

マチ先生は“間”に佇んでいる人であると思う。かつては大学病院で働いていた一方で、現在は地域病院で患者と向き合い、「一流の科学者でありながら、哲学者としても凡庸でない」視野を持ち、生と死を見つめている。“間”から見える景色は、さまざまな現実を浮かび上がらせる。地域医療のリアル、医者の在り方、幸せとは何か。どんな患者に対しても偏らず、ただ命と向き合う彼の眼差しは温かい。これからをどう生きるのか。生と死を真摯に見つめるマチ先生の姿が問いかけてくる。

前田 萌 寒さにくじけそうです。そんな中、ドッグランで元気に走りまわる愛犬が羨ましい。一緒に走り回れたら良いのですが、体力が足りません……。

 

「がんばれ」と言わない安心感

大学病院で注目される確かな腕を持ちながらも、町医者として働くマチ先生。患者からも信頼を集める彼はただ腕が優秀なだけではない。膵癌を患う弱気な患者に向けてこう告げる。「がんばらなくても良いのです。ただ、あまり急いでもいけません」。ただ、がんばれというだけが正解ではない。患者ひとりひとりに見えている景色はあり、最期の時間がある。マチ先生が投げかける患者それぞれに寄り添った優しい言葉の数々と勇気をもらえる物語の展開に満たされる思いがした一冊であった。

笹渕りり子 京都が舞台の本作。作中秋鹿先生が言う“表層を歩いているだけではこの町の本当の姿には出会えない”という言葉に京都好きの胸が高鳴ります。

 

「それでもできることはある」

とある事情で都内の大学病院を辞し、京都の町中の病院で働く主人公・マチ先生。高度な専門医療の習得に追われる大病院とは異なり町の病院で医師が立ち向かうのは、治療でも看取りでもない「治らない病気にどうやって付き合っていくか」。町の病院での経験と、大切なものを遺して死ななければならなかった身近な人の存在が、マチ先生を「人の幸せはどこから来るのか」という究極的な問いに向かわせる。物語の最後にマチ先生が出合う「六文字」は、一つの答えであるような気がした。

三条 凪 主人公のマチ先生が無類の甘党ということで、作中では度々甘味、とりわけ餅菓子の美味しそうな描写が。私は福井名菓の「羽二重くるみ」が好きです。

 

考えすぎて眠れない夜にこそ

幼いころから死を恐れている。寝る前に“もうこのまま目覚めないんじゃないか”と思ってしまい、眠れなくなることもあった。本作の主人公のマチ先生はその怖さに対し、穏やかな安心感を与えてくれる。数多くの死と向き合ってきた医師が、患者に「怖がらなくてもいいんだ」と語りかけようとするその姿を見て、20年以上抱えてきた恐怖がほどける。避けられない運命があると分かっている中で、人はどうやって前を向いて生きるか。自分のこれまでの生き方を振り返りたくなる一冊だった。

重松実歩 友人が会員制サウナに連れて行ってくれました。サウナの概念が変わる最高の空間。脳が溶け出すような感覚が忘れられず、その場で次回の予約も。

 

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