ブラック企業で体を酷使して39歳で死亡。神に助けられ転生したセカンドライフは、万能農具を手に入れてのんびり農作生活?

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/24

異世界のんびり農家
異世界のんびり農家』(剣康之:著、内藤騎之介、やすも:その他/KADOKAWA)

「定年退職を迎えたら何をして過ごそうか」
「頑張ってお金稼いでアーリーリタイアしたい」

 カフェで20代とおぼしき若者同士が繰り広げる話を耳にしたとき「僕もセカンドライフを考え始めたほうがいいのか……?」と感じるようになった。毎日静かな湖畔を散歩しながら優雅に過ごす、自分の趣味に没頭して余生を楽しむ、小さい農場を手に入れて自給自足の生活をするのもありだ。自分のセカンドライフを思い描くのはとても自由で楽しい。未来が楽しみになると、それだけ仕事のモチベーションもあがる。

 そんなセカンドライフの想像をより搔き立てるのが『異世界のんびり農家』(剣康之:著、内藤騎之介、やすも:その他/KADOKAWA)だ。ゆったりとした平和な農業生活を描いた作品で、読み進めるうちに「フィクションなのはわかっているけど、こんなセカンドライフが送れたらいいなー」と思ってしまう。

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 本作の主人公は、街尾火楽。彼は大学卒業後の就職先がブラック企業で、20代は体を酷使して働いていた。しかしその代償は大きく、30代で体を壊し病院暮らしとなり、39歳という若さでこの世を去ってしまった。そんな彼に手を差し伸べたのは、神と名乗る顔なきものだった。火楽は神から「別の世界に生き返り、そこで素直に第二の人生を楽しまないか」と提案される。どうやら火楽を別の世界に送ると、神自身にも利益があるとのこと。これまでいわゆる“社畜人生”だった火楽は「人の少ない土地で農業をしながら暮らしたい」という願いとともに異世界への転移を承諾。あらゆるものに形を変える「万能農具」を携えて、異世界の森へと飛ばされるのであった。

 ここから火楽のセカンドライフが始まるのだが、神から授かった「万能農具」がこれまたとんでもなく高性能なのだ。鍬の形に変化させれば、自分の思い通りの作物が育つ。斧に変化させれば力を入れることなく木を切り倒し、土地を切り開くことだってできる。他にも万能農具は、虫眼鏡やシャベルなどさまざまな形に変化でき、火楽のセカンドライフを充実させていく。こんなのがリアルな世界にあったら、どれだけ楽に農業ができるだろうか。とても羨ましい。

 また作中で描かれるさまざまな生物たちの交流も見ていてほっこりする。物語の序盤では、鋭利な角が生えた狼や、自前の糸を使って高級で丈夫な服を作る巨大蜘蛛、生活における廃棄物を処理してくれるスライム、魔法が使える吸血鬼とエルフなどが登場。どの生物も火楽の優しさや懐の深さに惚れ、彼のセカンドライフに一役買ってくれる。火楽も、たとえ狼や蜘蛛に子どもができても見捨てはしない。彼らが何不自由なく暮らせるように万能農具を駆使して家を建てるなどして、彼らの生活スペースを確保する。お互い助け合いながら適度な距離で生活する様子に、きっと心が温かくなるはずだ。

 上述した「神自身にも利益がある」という言葉が、一体何を表すのかは少し気になるところだが……、火楽と仲間たちがほのぼの暮らす姿は、世のゲーマーたちを魅了した「牧場物語」や「どうぶつの森」を彷彿とさせる。日々の仕事に追われて癒しの時間を忘れてしまっている社会人にこそ、彼らが紡ぎ出すゆったりとした時間を感じとってほしい。

文=トヤカン

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