第20回本屋大賞受賞作『汝、星のごとく』の続編。運命の恋と永遠の別れを体験した後も人生は長く続く…

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/1

星を編む
星を編む』(凪良ゆう/講談社)

 純愛を題材とした多くの作品は、主人公とヒロインの運命的な恋愛が、困難を乗り越えた後、永遠に続くかのように描写される。私が定期的に漫画雑誌を買っていた1990年代半ばは、特に少女漫画でそのような創作物をよく読んだ。ところが時を重ねて現実の恋愛をいくつか経験すると、運命の恋とは何なのか、結ばれた後に本当に永遠はあるのかと考えるようになった。やがて大人になった私は、子どものころに読んでいた、カップルが永遠を誓い合う少女漫画は夢物語だったと悟るのだ。

『汝、星のごとく』は、運命的な大恋愛がテーマだが、それは永遠には続かないというリアルも共に描き切っている。主人公のカップルは、不倫をした父親が帰ってこず、母親を見捨てることができない井上暁海(いのうえ・あきみ)と、彼氏をどんどんと入れ替える恋愛体質の母を持った青埜櫂(あおの・かい)である。ふたりは、高校生の時、瀬戸内の島で出会って惹かれ合うが、高校卒業後、漫画原作者となった櫂は東京へ、母親を残して上京することができない暁海は島に残る決断をする。櫂は物語の創作者としての才能、暁海は刺繍作家としての才能を開花させるが、なかなか会えないふたりはだんだんとすれ違っていき、この運命の恋がようやく結実したのは、ふたりが永遠に別れる時だった……。

 繊細な心理描写を用いて展開する、若いふたりの哀しい恋愛小説は第20回本屋大賞受賞作でもある。櫂と暁海の運命的な恋、そして永遠の別れ。ここで物語が終わっても、生きていれば人生は続いていく。暁海は、櫂との思い出を胸にしまいこみ、島に戻って生活をする。続編『星を編む』(凪良ゆう/講談社)では、暁海だけではなく前作では脇役だった人物たちの過去、またはその後にスポットをあてた3篇が掲載されている。

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 本を開いて最初に載っているのが「春に翔ぶ」、主人公は高校教師の北原だ。結という娘をひとりで育てている彼は、前作では、ある事情から元教え子の暁海と形だけの夫婦になった。「春に翔ぶ」では、時が、北原と暁海の出会いの前にさかのぼり、前作では語られなかった、北原の家庭の事情、それによって叶わなかった夢、北原と結の母親との結びつき、そして結の出生の秘密が明かされる。次の「星を編む」の主人公は櫂の才能を見抜いた編集者ふたりが、前作の後、どのように生きているのかが描かれる。ふたりはそれぞれ家庭を持っているが、多忙な仕事と家庭との両立に悩んでいる彼らの姿は、現代の社会問題をも投影している。櫂の小説を刊行して成功に導こうとする編集者たちと、彼らのプライベートが交差するように描かれる。

 そして最後の「波を渡る」で、運命の恋を経験した暁海のその後の長い人生が描かれていく。北原と形ばかりの結婚生活を続けていた暁海は、北原と結の母親が再会した後、身をひこうとするのだが、「春に翔ぶ」で明かされた意外な真実を北原から聞いて、北原と暁海の関係がゆるやかに変化していく。それは少女漫画のようなときめきから始まる恋ではなく、櫂と暁海の恋愛ともかけ離れているが、名前をつけるなら「愛情」に近いものだった。やがて北原と暁海の周囲の人たちにも変化が訪れる。

『汝、星のごとく』と『星を編む』を続けて読むと、私たちは劇的な出来事があっても、大恋愛が終焉を迎えても、人生が続く限り、生き続けなければならないということを実感させられる。生きていれば、ほとんどの人が自分の人生に少しでも希望を見出そうとするし、実際に小さくても希望の光が灯ることはある。暁海は強い女性である。『汝、星のごとく』では繊細な青年が過酷な運命に屈して自死する場面がある。しかし暁海は死ななかった。大恋愛が終焉してからも自分の人生を、「波を渡る」ように生きていくと、彼女の人生にほのかな光がさす。だんだんとそれはあたたかみを増していく。

自由とは哀しみや痛みを伴うものだ

失って、二度とは取り戻せないからこそ夢は眩しく光る

 前作を含めて、櫂、暁海、そして北原は、若いころ、自分の親に苦しめられた人物である。だからこそ互いを労り、他者の苦しみを自分のことのように感じられるやさしさが培われたのかもしれない。彼らのやさしさ、あたたかさ、そして強さは、読者である私の心にもじんわりとしみ込んだ。前作を読んでいる人も読んでいない人も、ぜひ『星を編む』で登場人物たちの人生を味わってほしい。

文=若林理央

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