Netflix配信ドラマ『サンクチュアリ‐聖域‐』の脚本家が描く。余命宣告を受けた姉と弟が織りなす家族と命の物語

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/1/1

ぼくの姉ちゃんとセックスしてください
ぼくの姉ちゃんとセックスしてください』(金沢知樹/イマジカインフォス)

 もし、自分の余命が残りわずかだとしたら、私は何を「したい」と思うだろう。もしくは、自分の大切な人の余命があとわずかだと知ったら、私はその人のために「何ができる」だろう。どちらにしろ、楽しい空想ではない。そんな「if」は、できることなら現実になってほしくない。しかし、そういう現実は案外身近にあふれている。

 Netflix配信ドラマ『サンクチュアリ‐聖域‐』の脚本家としても知られる金沢知樹氏による小説『ぼくの姉ちゃんとセックスしてください』(イマジカインフォス)を読んで、私は「明日が必ずくるものだ」と無条件で信じている自分に気づいた。本書はタイトルこそ強めだが、人の命や“生き方”を切実に問う物語である。

 物語の語り手は、弟の木下優生と、姉の弥生が交互に入れ替わる。冒頭、優生の語りから、姉の死期が近いことが伝えられる。思い出作りのために、10年ぶりの家族旅行に出かけた日、優生は思い切って姉に問うた。「……なん、したか?」と。「(死ぬ前に)何がしたいか?」――括弧内の言葉は、口に出せなかった。姉は、そんな弟の意図を汲み、しばし考えたのち、思いがけぬ言葉を口にする。

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“「私はねー、チンチンば入れてみたか」”

 姉の言葉を受け、しばし混乱に陥った優生だったが、覚悟を決めて姉の願いを叶えるべく行動を起こす。姉の言葉を直訳すると、「セックスがしてみたい」という意味だろう。要するに姉は処女で、「経験がないまま死にたくない」と考えている。優生は、そう結論づけた。結果、彼は姉とセックスする相手を探しはじめる。最初に相談した相手は、同級生のツトムだった。ツトムはすでに性体験があるため、周りにもそういう人が多いのではないかと予測してのことだった。しかし、ツトムはそこで至極真っ当な疑問を優生にぶつける。

“どがんヤツでも良かわけじゃなかろうが”

 ツトムの言葉は、正論だ。弥生の望みが本当に「セックスがしてみたい」だったとして、その相手は誰でもいいわけじゃない。もしくは、すでに好きな人がいて、「想い人とセックスがしてみたい」というのが真の望みの可能性もある。その場合、優生の行動は的外れもいいところだ。だが、優生は止まらない。止まれなかった、といったほうが正しい。優生は、姉のことが好きだった。大好きで、大切で、かけがえのない唯一人の“姉ちゃん”だった。その姉ちゃんのために、「何もしてやれなかった」後悔を抱えて生きていくのが辛かったのだ。そうして、最終的に優生は、ツトムの紹介で出会った男性に直球で頼み込む。

“「ぼくの姉ちゃんと、セックスしてくれませんか?」”

 改めて字面で見ると、強烈な台詞である。しかし、優生の必死な姿を目の当たりにした後でこの台詞を読むと、切実さが伝わってくるから不思議なものだ。卑猥でも、滑稽でもない。ある意味、彼の必死さがコミカルに描かれている部分もあるが、根底には「姉ちゃんの最後の願いを叶えたい」という弟の信念がうかがえる。

 語り手が姉の弥生に移ると、新たな物語が幕を開ける。弥生は、真面目で優しくて、一本気な性格で、本が大好きだった。2日に1冊のペースで本を読む弥生は、町内の書店でアルバイトをしていた。弥生の章では、彼女の日常や書店でアルバイトをするまでの経緯のほか、弥生の本心や弟に告げた“願い”の真意が赤裸々に描かれている。弟の解釈との相違を読み比べてみると、家族といえど相手の心のすべてを読み解くなど不可能なのだという事実が切々と伝わってくる。だが、だからこそ「わかりたい」「わかり合いたい」ともがく人間同士のつながりは、美しいのだと思う。

“他人から見たらそれが狂ってようが、この世界からいなくなる姉ちゃんのためにできることはそれ以外何もないんだから。”

 冒頭に記した「if」が、現実になったとしたら。想像したくもないけれど、もしそうなったとしたら、私もきっと、優生と同じことを思うだろう。周りからどう見られようが、大切な人の願いを叶えるため、泥臭く走り回るだろう。誰かを愛するというのは、多分そういうことだ。家族であれ、恋人であれ、友人であれ、相手のためになりふりかまわず必死になれるかどうか。そこに、想いの強さが反映される。優生は姉を想い、弥生は優生を想った。それが、すべてだ。「あとがき」に記された弟の想いを含めて、本書は、今を生きる人たちに真摯な問いとメッセージを与えてくれる。それらを受け取り、今後どう生きるかは、各々の心がけ次第であろう。悔いなく生きたい。単純に、そう思った。明日が必ずくる保証も、明日大切な人に必ず会える保証も、どこにもないのだから。

文=碧月はる

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