シン・エヴァンゲリオン庵野秀明と妻・安野モヨコの日常『還暦不行届』。お互いを尊重する創作観と夫婦の絆

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/4

還暦不行届
還暦不行届』(安野モヨコ/祥伝社)

 クリエイター界の超有名夫婦・庵野秀明氏と安野モヨコ氏。2005年に刊行された安野氏によるマンガ『監督不行届』には夫婦の日常と可愛らしい生態が描かれており、この本を読んでふたりのファンになった方も多いのではないでしょうか。そんなおふたりが結婚してから20年以上が経った昨年。『監督不行届』のその後を描いた『還暦不行届』(安野モヨコ/祥伝社)が刊行されました。

 本書は2020年に還暦を迎えた庵野氏にちなんだ、「還暦の監督不行届」とのこと。今回はマンガではなく、安野氏視点のエッセイとなっています。前作などで知っている方も多いかもしれませんが、結婚前のカントクくん(庵野氏の作中での呼び名)は肉と魚が一切食べられず、運動嫌い。その上お風呂も数日に一度しか入らないという不健康の極み、短命まっしぐら状態でした。しかし安野氏の不断のアプローチや声がけによって、きのこが(日によって)食べられるようになり、ラジオ体操に取り組む姿も。さらにはお風呂掃除など家事もするようになったとのことで、その変貌ぶりに驚きます。

 そのほか、監督は服も気に入ったものしか着ず、眼鏡やベルトなどの小物に至ってはお気に入りひとつしか持っていないため、壊れたりなくしたりしたら大騒動だったそう。しかしこれも安野氏が矯正。「ボタンもチクチクした素材も嫌」などと3歳児レベルの監督の要求をかいくぐって服を探し、クローゼットを安野氏の理想的な状態にするまでのあれこれが綴られています。

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 と書くと、「カントクくんを安野氏がひたすら支えている」というちょっと今の時代にそぐわない構図をイメージするかもしれません。安野氏自身も本書で「監督と結婚してからは彼をお世話する係だと思って生きている」と話す側面もありますが、それだけにとどまらないのがこの夫婦。本作からはクリエイターとして互いに尊敬し、尊重し合う姿がそこかしこににじみ出ているのです。

 例えば陶芸が好きでかなりの腕前のカントクくん。同じようなサイズのお皿ばかり作るので、もっと違う大きさのお皿も作ってほしいと安野氏は考えますが、口には出しません。その理由は、純粋に楽しめなくなるかもしれないから。仕事としてものづくりをしていると、本来は楽しいはずでも結果を求めて疲弊していってしまう。それと同じで、楽しいから陶芸をしていたはずが、リクエストを受けて結果を気にしてしまうようになると、楽しいの範囲を超えてしまうのではないかと考えるのです。クリエイター同士、そして相手のものづくりへの真摯な姿勢を理解しているからこその気遣いが素敵だなと感じました。一方庵野氏は、巻末のインタビューで安野氏のマンガがなぜ面白いかを分析。その内容は安野氏のファンである私も「確かに!!」と感じるものばかりでした。

 その他にも相手の創作には踏み込まないスタンスや、映画『キューティーハニー』でキャラクターデザインを担当した時に安野氏が感じた自身と監督との創作方法の違いなど、両者のファンでも、そうでなくとも読み応えのある記述がたくさんあります。

 また本書の中には「自分の方が迷惑をかけ、支えてもらってきた」とお互いが語っているところも。安野氏の体調不良など、20年以上の間でさまざまな出来事を乗り越えたであろう夫婦の絆を感じる一冊でした。

文=原智香

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